月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第漆妖『羅門深紅隊』10
その後、田坊と畑坊のお陰か、双哉の待つ居城までは何事もなく進むことができた。
馬を預けた後、刀乃に連れられて紅たちはまず客間に通された。
障子を開けた先では、一国の主とは思えぬ軽装で双哉が偉そうに肘掛けにもたれ掛かっている。
ひとまず蛭子、陽鳴、紅の順に並んで座ると、双哉は閉じていた瞼をゆっくり開けた。
「……俺が呼びつけたのは、紅一人だったはずなんだけどな。刀乃。」
「蛭子殿が是が非でも、と申しますので……。」
「……それで従天使までついてきたわけか。」
「主が無理を言っても、従わなければならないときもあるからね。宮寺殿なら骨身に染みて解ってると思うんだけど?」
陽鳴がイヤミを込めてそう答えると、刀乃は大きく頷く。
この話題はよくないと思ったのか、双哉はひとつ咳払いをして体を起こし、仕切り直すように両膝をぱんと叩いた。
「まぁいい! よくきたな! 歓迎するぜ。アンタにも会いたかったんだ、草薙蛭子。」
「そう? 突然押し掛けて済まなかったわね。この所退屈してたから、丁度よく転がり込んできた話に無理矢理乗ったのよ。」
「おいおい……トラブルを退屈しのぎにしようってのか? ま……解決すりゃあ問題はねぇけど。」
屈託無く笑いながら放った蛭子の言葉に、双哉は苦笑いを浮かべながらそう答えた。
すると蛭子は、途端に真剣な顔つきになりじっと双哉を見据える。
「その前にな……アンタに提案があるの。」
「なんだ藪から棒に。」
双哉と同じく、何を言い出すつもりなのか知らない陽鳴や紅も首を傾げた。
みな自然と蛭子に注目する中、彼女は決意に満ちた表情で重い口を開く。
「今から横文字を話さずにいられるか勝負しない?」
「何を言い出すかと思えば……!」
「互いに横文字ひとつにつき、団子一本の罰を頂戴する。では、始め!」
「ちょ……! 待ちやがれ! 何勝手にスタートしてんだお前はッ!」
「あら。早速一本ね。」
「さっきのスタートを取りやめろ!」
「二本。」
「く……! 口が勝手に……!」
悔しそうに畳を叩双哉と、悠々とした表情で勝負に挑む蛭子とを少し離れたところで眺めていた陽鳴は、隣に座る紅に囁いた。
「……なぁ、あの勝負、横文字が話せない蛭子さんが絶対的に有利だって、あの人はいつ気付くわけ?」
「……阿呆ですからね、双は……。まあ、団子十本までには気付くと思いますが。」
「蛭子さんもわざわざ奥州に来てまで団子搾取しなくてもいいのに……。」
「<大好物>ですからね。仕方ないです。」
二人がこそこそと笑い合っている内に、双哉は自分の不利を見抜いて蛭子に突っ込んだが、そんな事で彼女がめげるはずもなく。
いつもの爽やか笑顔でさらりとかわし、仕舞いには「さっさと物の怪の話をしたらどうだ」と言い出す始末。
流石の双哉も追及を諦め、刀乃に団子を申しつけてから紅の方を向いた。
「それで、お前は元気にしてたか。紅。」
「ああ。双がまた腰でも抜かしてないかと、心配していたんですよ?」
「その話はよせっつってんだろ! ガキの頃の話じゃねぇか……。」
ばつが悪そうに頭をくしゃっとかく双哉に、紅は勝ち誇った表情でけたけたと笑う。
陽鳴はそんな二人の様子を見て微笑んでからさっと立ち上がった。
「どうしたの、陽鳴。」
「ちょっと見回ってくるよ。蛭子さんのお守りのためには下準備も必要だからね。」
「物の怪の話は聞かないの?」
蛭子が首を傾げて問うと、陽鳴は肩を竦め笑いながら障子を開けた。
「僕の仕事は、物の怪退治じゃなくて蛭子さんの護衛ですから。」
その言葉を最後に、陽鳴は客間を後にした。
だんだんに暮れ始めた空を見上げて、軽い動作で屋根に上がる。
見回りは、あの場から逃げ出す為の口実ではない。
城の作りや立地をそれなりに把握しておかなければならないのは事実だ。
屋根にすっと立って、遠くを見渡しながらまだ晴れない空に眉をしかめた。
がしがしと頭をかいて、ちらりと後ろを窺う。
そこには相変わらず、巨大な門がそびえていて。
重厚な雰囲気を纏いながら佐助を見下ろしている。
……鬼門。
開くはずのない門だ。
奥に何があるのかも解らないが、まっとうなアタマならまず開くべきでないものが詰まっているだろうと予想がつく。
陽鳴とて、振り向けばいつもそこにある禍々しい門を開いてみようなどという気にはならなかった。
だとしたら……何故これは此処に在る。
開かれないと知りつつも、何故此処に。
「……違うか。これが此処に在るのは……。」
陽鳴には、何となく解っていた。
確信はない。
漠然とした予想だ。
どんなに否定しても、生まれてしまうものは世の中に溢れている。
愛ばかりではない。
憎しみも、闇も、望まず生まれ、人を突き動かす。
鬼門も同じではないだろうか。
この門は知っているのだ。
陽鳴が自分を欲していることを。
いつか未来、自らを押し開く日が来るだろうということを。
例えそれを……望まないとしても。
「……はは。今更だな。」
肩を揺らして、笑う。
夕焼けに差し出した掌は、逆光のせいで人のカタチに切り取られた闇のように見えた。
「闇も……咎も。今更いくつ背負おうが、変わらないよ。」
黒に、黒を重ねても。
黒にしかならないように。
どうせ堕ちた自分には、闇しかないのだから。

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