月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第漆妖『羅門深紅隊』11



「双の頭を悩ませている首の正体。それは恐らく、ろくろ首だと思います。」

「ろくろ首……」

紅の言葉に蛭子と双哉は納得したような顔でうなずいたが、刀乃は納得しない様子で紅に問いかけた。

「まて、ろくろ首は首が伸びるやつじゃないのか?」

刀乃の言葉に、紅はゆっくり首を左右に振った。

「いえ、そのろくろ首が印象に残ったのか有名になってしまっただけで、ろくろ首の原型は『抜け首』という首と胴体が離れて動き回るものなのです。」

紅の説明に刀乃は驚いたような顔をして「そうだったのか……」とつぶやいた。
その刀乃を遮るようにして双哉が身を乗り出して紅に問いかける。

「で、それが首の正体だとして、退治する方法はあんのか?」

「あるにはありますが……その首の顔、本当に覚えていないのですか?」

紅は双哉の質問に困ったような顔をしながら質問を質問で返した。
双哉はそれにぐ、と言葉を詰まらせると紅から顔を背け、申しわけなさそうに謝罪の言葉を述べる、紅はそれに苦笑を返した。

事の始まりは、ひと月くらい前だったか。
城下で、見るも無惨な死体が上がった。
その死体には、人間の歯形が多数残っており、血が一滴も無いかのように蒼ざめていて何とも異様だったのをよく覚えている。
そして次々と、夜な夜な宙を飛び回る生首の報告を受けるようになった。
中には、その生首が人間を食っていたとの証言もある。
しかし不思議なことに、誰もその生首の顔を思い出せないのだ。
正体不明の生首を退治しようといくら兵士を差し向けても、死体が増えるだけで。
双哉自身も退治に乗り出したが、生首を目撃しただけで退治には至らなかった。
このままでは埒が明かないと、多少の事には目をつぶり、専門家である紅を呼ぶことにしたのである。

「……ああ。刀乃もその場に居たんだけどな。」

双哉がちらりと刀乃を見ると、彼は面目ないといった表情で少し頭を下げた。

「私もどうにも……まるで顔の部分に靄でもかかったようで。あの時、本当に顔を見たのかも疑いたくなるほどです…。」

「生首の顔がそんなに重要なのか?」

今まで神妙な顔で話を聞いていた蛭子が、首を傾げつつ口を開く。
紅は、蛭子たちを見回してからこくりと頷いた。

「ろくろ首は身体が寝ている間に人を喰らいます。退治するには、首が飛んでいる間に身体の周りに結界を張り、首を討たねばなりません。顔を消しているのは、それを防ぐためではないかと。」

「おい……それじゃあ、あの生首はこの辺りで普通に生活してる人間ってことなのか……?」

「……可能性は、十分に。人間に戻せるかどうかも、身体を見ぬ事にはわかりません。深く侵されていれば……首を討ったとき身体も死ぬでしょう。」

紅が言葉を結ぶと、三人は重い表情で俯いた。
隣で笑っている誰かが、夜な夜な生首となって人を喰らっているかもしれないのだ、難しい顔になるのも当然だろう。
しかし、今までいくつかろくろ首の退治記録を見たことはあるが、顔を消すなどと言う記述はなかった。
新種のろくろ首なのか……それとも、全く違う妖怪なのか。
あるいは……
(闇の力を、授かったか……。)
紅は、早雲の所業を思い出して膝に置いていた手をぐっと握った。
怨にも、人間にも、必ず存在するもの。
それが……闇だ。
その闇を引き出し、増幅させ、狂わせる。
その者の、一番弱い部分に容赦なく爪を立て、壊すのだ。
自分が人間であるとか、早雲が黄龍王直属の聖武者という人間を庇護する立場にあるとか、そういう事を全て無しにしたとしても、あの男のすることは到底許せることではない。

「……何とかして、探し出す方法はねぇのか、紅。」

いつもより静かに低い声で、双哉が呟く。
その言葉には、覚悟が滲んでいた。
紅はその覚悟に応えるように、しっかり彼の目を見据えて口を開く。

「ろくろ首に侵された人間の首には……輪状の痣が。これが唯一の手掛かりです。」