月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第捌妖『羅門深紅隊―後編―』8
「……恐れ入ったなぁ……」
少し笑うような、鬼丸の呟きに瞼を開く。
身体に痛みはなく、代わりにさっきまで視界になかったものが紅の身体を包んでいた。
篝火に映る、薄茶色。
そこには陽鳴の顔があった。
「…………陽鳴」
「悪い……待った?」
目線だけこちらに寄越して、余裕げに笑う顔はいつもと同じで。
紅は喉に何かが詰まってしまったように、何の言葉も思い浮かばなかった。
「……<不可視>。それがお前に北条なんとかが与えた力……そうだな畑坊。」
陽鳴が、腕に喰らいつく首に静かに言うと、首は悔しそうに顔を歪めてこちらを睨む。
歯の隙間から流れる血に気付いて、紅が紅葉に手を掛けたのと同時に上空から声が聞こえた。
「動かないで陽鳴ッ!」
紅が抜刀するより早く、陽鳴の前を鋭い風が通り抜けたかと思うとろくろ首が脳天から潰れるようにして斬り伏せられる。
見事ろくろ首を陽鳴の腕から叩き落とした蛭子は、槍をぶんと振って血を払い、悪戯っぽく歯を見せて笑った。
「これがあなたの言う、三手先なのかしら?」
「そう苛めないでよ……ちゃーんと間に合っただろ?」
噛まれた腕の傷の具合を確かめながら、陽鳴は苦笑した。
それから、練り上がり再生したろくろ首と鬼丸を順に見て剣を構える。
「畑坊……お前ろくろ首に憑かれてるせいでこんな惨事を起こしたんじゃないね。意志を持って行動してるだろ。」
「…………」
「お前が飛頭蛮である可能性を、<不可視>の力で隠し……紅を誘導した。紅を……始末するために。違う?」
切っ先の向こうの首は、すっと静かな表情になって微笑んだ。
双哉や刀乃も、鬼からの攻撃が手薄になってきたのか宙に浮く首をじっと見守っている。
話の流れが解っていない田坊も、陽鳴の隣までやってきて自分と同じ顔が変わり果てた姿を信じられないと言った表情で見つめていた。
「……そうだよ。だって邪魔でしょ? 僕が…人間を喰いにくくなる。」
「は……畑坊! 何言ってるの!? 畑坊は……化け物に操られてるんだよ! だからそんな……人間を喰べるなんて……!」
「田坊は黙っててよ!!」
目をつり上げて、怒鳴る畑坊の気迫は並大抵のものではなかった。
田坊でなくとも、一瞬口を噤んでしまう。
それだけの勢いと、強さがあった。
沈黙の中、正門の向こうから人影が歩いてくる。
その身体には首が無く、畑坊の服を纏っていた。
「……柊、陽鳴。だったかな? ……概ね正解だよ。僕がもらったのは、<不可視>の力だけじゃない。この姿も……妖力も、全部貰ったんだ。憑かれてるわけでも操られてるわけでもないさ……僕は、化け物になりたかったんだよ! 見なよ、凄いだろ!?」
「……理由くらい、あるだろ」
「……欲しかっただけだよ……<力>が……」
歪んだ笑みを浮かべるその顔に、陽鳴はどこか自分を重ねて、眉をしかめた。
力を欲するあまり……道を誤った醜い姿が、いつか未来の自分の姿のような気がしてならなかった。
「……力って……畑坊には充分あったじゃねぇか……双お兄ちゃんだって、刀乃お兄ちゃんだって、畑坊のこといっつも誉めて……可愛がって……」
「……それ、本気で言ってるの?」
宥めるように言った田坊を、畑坊は射るように睨んだ。
次の瞬間首の無い身体が地を蹴り田坊の面前に躍り出るとその顔を思い切り殴る。
あまりの勢いに田坊は倒れ、見上げた先にはすいと泳いできた首が憎しみを露わにこちらを睨みつけていた。
「お前には……僕の気持ちは解らない。僕がどんな気持ちで生きてきたかも…お前なんかには絶対解らない!!」
「……畑坊……」
「生まれてすぐ、お前は殺されかけた。お前は、要らなかった。捨てられたんだ。未だに忌み子の烙印を背負い……それでも尚しぶとく生き続けるお前は! 要らないんだよ!」
「……ッ!!」
「それなのに……お前は何だって僕より出来た。要らないくせに! 選ばれた僕より……優秀だった! それがどんなに惨めだったか……お前には想像もつかないだろ!!」
凍り付いたように動けない田坊から畑坊は顔をすいと逸らし、身体と共に距離を取る。
口の端から滲んだ赤を拭うのも出来ず、田坊はぼんやりと言葉を紡いだ。
「ぼくは……頑張っただけだよ。必要とされたくて……役に立ちたくて……いつか、忌み子の烙印だって消えるって……要らない命じゃないって!」
「満足だったろうね……選ばれたはずの僕を下して……<本当に要らないのは畑坊だ>っていつも笑ってたんだろ!」
「そんなハズないでしょ……! ぼくたち兄弟だよ!? 大事な……この世でたった二人の兄弟じゃないか!」
「綺麗事を吐くな! 忌み子がッ!!」
「畑坊ッ!!」
願うように、縋るように、田坊が発した片割れの名は、結局何も為さずに闇に消えた。
代わりに、一本の刀が黒燿の隣から飛頭蛮へと向けられる。
真っ直ぐに、白耀へ刃を向けたのは、政宗だった。
「……畑坊。俺は、お前も田坊も、自慢の部下だ。お前にないものは田坊にあるし、田坊にないものはお前にある。俺は……そういうお前たちを信頼し、期待していた」
「…………」
「命っていうのは……在ればいいんじゃねぇのか? 在って、一生懸命生きてりゃ……それでいいだろ。選ぶだの、忌み子だの、そんなもの関係ねぇ」
静かに。
ゆっくりと双哉は構えて殺気を畑坊に向ける。
それは紅が感じた今までのそれとは違う……哀しい殺気で。
言葉を飲み込み、ただ見守ることしか出来なかった。
双哉はそのまま、唇を微かに動かし言葉を続ける。
「……それでもお前が、負けたというなら。相手は田坊じゃねぇよ」
「……何……?」
「お前は……お前に負けたんだ。」
言葉を結んで、双哉は地を蹴った。
首ではなく身体の方に向けて斬りつけるが、素早く避けられ、返しの一撃も忍者刀で止められる。
「双哉様……身体を狙うなんて考えたね。でも酷いなぁ。そんな事したら、ろくろ首は倒せても僕が死んでしまうのに」
「解ってる……お前が、自分を持ってろくろ首として仲間を喰ってたんなら……俺が通る道はこれしかねぇんだ」
「……なら、その道を閉ざしてあげるよ。永久にね!」
刀で拮抗しながら、首が双哉を鋭い牙で襲った。
首と身体を同時に相手する双哉を見てすかさず刀乃が助けに入ろうとするが、鬼たちに道を阻まれる。
「ちぃ……! 今俺の前に立ち塞がるんじゃねぇ!!」
刀で強引に切り捨てても、鬼は再び湧いて進行を妨げた。
辺りを見回すと、さっきより鬼の数が増えている。
餓鬼を従えている鬼丸を睨むと彼は楽しそうにくつくつと笑って、下界を見渡した。
「心配せんでええで、鬼なら腐るほどおる。せいぜい楽しみや。」
「貴様……!」
「ワイはここで高見のけん……ふ……ッ!」
言葉の途中で、鬼丸の喉を陽鳴の剣が貫いた。
鬼丸がそれを抜くと、辺りに鮮血がほとばしるがすぐに収まる。
傷が塞がったのを確認して、引き抜いた剣を眺め苦笑すると鬼丸は陽鳴に向けてそれをゆるく投げ返した。
「……何回目やんな? これ」
「さあ。イイだろ?どうせすぐ塞がるんだ」
「懲りない男やな……柊 陽鳴。引き際を心得ない男は嫌われるで? まぁ、ほんと、あんさんには恐れ入ったで。」
鬼丸は、笑みを浮かべながら腕をゆっくり払う。
それで生まれた風は渦を巻き、鬼丸のを揺らした。
「しゃあないなぁ、ワイは帰るよ。鬼は残していくきに、遊んでやって」
「生首も見捨てるのか? 冷たいな」
「言ったやろ? ワイは見物に来ただけやって。また……遊んでやるで」
つむじ風の勢いは一気に強くなり、それが鬼丸を飲み込んで空気に散る頃には、彼の姿は跡形もなく消えていた。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク