月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第漆妖『羅門深紅隊』6
「……まったく、何で黙って出なかったんだよ。」
奥州への道を馬で駆けながら、陽鳴は紅に小声で言った。
宮寺刀乃を先頭に、蛭子、紅の順で並んでいるので、大声さえ出さなければ蛭子には聞こえないだろう。
紅は、ちらりと後ろを振り返ってから、少し困った様子で言葉を返す。
「そうは言っても。行き先が行き先ですから……黙って行くわけにいかないでしょう?」
「そりゃーまあ……。」
「この結果も予想できましたが……黙っていると後が怖いですから。」
漆黒の髪を靡かせながらくつくつと笑う紅に、陽鳴は苦笑を返してからため息をついた。
確かに、紅の選択は正しい。
蛭子に黙って奥州入りなんてした日には、拗ねて手がつけられなくなるか……やたら根に持たれるか……。
とにかく、間違いなく怒る。
団子を与えれば黙るだろうが、ちょっとやそっとのものでは納得しないだろう。
仕事についていくとは流石に言わないが、陽鳴とて奥州に入るときはきちんと報告しないと怒られる。
それほど蛭子の中で伊禮 双哉という人物は大きい存在なのだろう。
陽鳴も何度か顔を合わせたことがあるが……自分の主が刃をあんなに楽しそうに交える相手を他に知らない。
あれこそ、宿命と言える。
まるで、1000年ほど前の時代、戦国時代の甲斐の虎と軍神のように、交わるべき魂二つなのだと陽鳴は思っていた。
「ところで……蛭子……さん、が留守の間何とかするって言ってたけど……。まさか……。」
「……まあ、ね。小さいけれど賢い者がついているわ。何とかなるでしょう。」
それを最後に、紅は少し遅れた馬の足を速めた。
陽鳴もそれについていきながら、今頃の屋敷を思い浮かべる。
「……本当に大丈夫かなぁ……。」
「蛭子様……どうなさいました? もうよろしいのですか?」
女中に心配そうな顔をされて、蛭子は慌てて笑顔を作った。
「いや、たまには時間を掛けてじっくり味わうのもいいじゃない。置いておいて頂戴。」
「わかりました。」
女中を下がらせて、障子を閉めるのを見届けると、蛭子は目の前に積まれたあんみつを呆れ顔で見る。
「普段どんだけ食べているんですか。こんなに入る訳ないじゃないですか!」
肘掛けに寄りかかってうなだれると、さっきまで蛭子だった姿は一人の男に変わっていた。
身体を横たえて帯の上から腹をさすっていると、部屋の隅で寝ていた仔猫が頭をもたげる。
「いかんぞ。八咫烏。蛭子が帰るまで、おぬしが蛭子なんじゃから!」
「わーかってますっ! こんなの陽鳴君にやらせるか、アンタ自身がやればいいじゃないですか……。陽鳴君だって化かせられるのでしょう。」
ぐだぐだごねる八咫烏に近寄って、仔猫は大きく平たい尻尾を使って彼をはたいた。
「陽鳴はお仕事なんじゃ! わらわだって連れていってもらえなかったのじゃ!」
「僕だって情報収集しに奥州に行きたかったんですよ! 代わりにこんな所で甘味地獄なんて……やってられませんよ!」
さっきから蛭子の肘掛けであーだこーだ文句をたれているのは、八咫烏という神の使役鳥である。
それを先ほどまで蛭子に化かしていたのは、子猫こと屡狐。自称紅の一の部下。
姿も声も真似られるが……流石に屡狐には団子好きまでは真似られなかったらしく、ヒーヒー言わされている。
屡狐は今回は気まぐれな八咫烏のお目付役として留守番だ。

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