月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第弐妖『鬼』3



「…やはり、無いですね。」

自分の屋敷にある資料室で書物の山を見回して、紅はため息をついた。
例の一件からこっち、暇さえあればこの資料室に引きこもり、惨殺事件が起こった村の歴史を調べているのだが、前に被害にあったなどという記述はどこにも見あたらない。
京の資料なら、どれも一度は目を通した。しかしこの資料室は代々受け継がれているものなので、管理人ですら開いたことのない書物もあるのだ。
もしかしたらそこに答えがあるかもしれないと、埃を払っては資料を読み進めていた。
しかし、それも残すところあと少し。
自分でも、よくこの膨大な量に目を通したなと感心する。
お陰で知識も増えたので、悪いことばかりではないが。

「ここに無いとなると…もう他力に頼るしかないですね。」

踏み台に上って、上の方にある棚に手を伸ばす。
古い資料は上へ上へと追いやられてしまって、取るのも一苦労だ。
もう少しで指先が届きそう、というところで不意に後ろから手が伸びてきて、いとも簡単に巻物を取り上げる。
驚いて振り向くと、彼女は踏み台からさっさと降りて薄く笑いながら巻物を差し出した。

「何なら、その棚にある他の巻物も下ろしておきますぞ」

「…屡狐、こんなところで何をしているの?」

屡狐は、別れた時とは別の格好をしていた。
何にせよ、元気そうで、紅は安心してから短く質問をした。

「何かみつかった?」

「何も見つかってはおりませぬが、しばらく紅様のお傍を離れていたのでどうしてるのかと思ったのじゃ。」

「こっちは変わりありません。そっちはどうですか?」

紅が巻物を大量に持つのを手伝いながら、屡狐が答えた。

「しかしまあ、紅様も大変じゃなぁ…」

屡狐が資料の山をぽけっとみつめるのをみて微笑むと、紅は資料に目を戻した。
紅には今回の事件の裏に何かがある気がしてならなかった。
裏で糸を引く邪悪があるのであれば、紅はそれを討たねばならない。
しかも、望む望まぬ関係なしに物の怪たちが闇に染められていくのであれば由々しき事態だ。
物の怪といっても、無害なものや気の優しいものもいる。
それが全て、命をただ屠る闇に変わってしまったら、彼らは退治の対象となってしまう。
今まで斬った中に、殺生を望まなかった禍魂がいたかもしれない。
退治するのではなく、救わなければならなかった、<命>が。
だから紅は、邪悪の正体を突き止めたかったのだ。