月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第捌妖『羅門深紅隊―後編―』6
「……くそ、ずるいってソレ……」
「ワレは何と闘ってるんや。化けもんやろ? しかも俺、そこらの雑魚とはちゃうんや。こないな刃もんでぇ傷がつくかや」
鬼に囲まれ、逃げ道を断たれたままの鬼丸との戦闘は、まだ終わっていなかった。
せめてこちらの攻撃が効くなら話は違うのだが、見ての通り意味を成さない。
雑魚は普通の刃物で倒せても、力のある妖の中にはそう簡単にいかない者も在るのかもしれない。
そういえば、以前絡新婦の糸に捕らわれたときも普通の刃では太刀打ちできなかった。
だから……紅の名前があれ程に知られ、恐れられるのだ。
妖を断つ刀を操る彼女であれば……そういった妖でも容易く殺めることが出来るから。
「鬼丸……正直お前と遊んでる暇ないんだよね僕」
「遊んでぇるんやあらへんやろ。ワイが、遊んでぇやってるんや」
「生き返って性格悪くなったんじゃないの?」
そう笑うや否や、陽鳴は幹を蹴って鬼丸の間合いに飛び込んだ。
振りかぶった大型手裏剣は鬼丸に素手で止められたが、その隙に陽鳴は彼の足を払い拳を強く握って顔面を殴る。
地面に叩きつけられた鬼丸の目に向け、追い打ちをかけるように剣を突き出すが、それは濡れた土を捉え、耳が風を聞いたときにはの身体は大木に叩きつけられていた。
「……速いなぁ!」
「人間の物差しでぇ考えるなやッ!」
飛び込んできた鬼丸を見たとき、間に合わないと悟った。
下から素早く突き出した掌底に視界を揺らされ、次いで腹部に強烈な肘が入る。
打たれ強く訓練されている身体にここまでの痛みを生むのだから威力は相当だろう。
一瞬止まった呼吸が戻り、こみ上げた鉄の味を覚えたとき、左肩が灼けるように熱くなった。
次いで襲い来る強烈な痛みに、思わず小さく呻いて肩を見ると、そこには細い槍のようなものが突き立っている。
どこにこんなものを隠し持っていたのか…。
陽鳴は、月明かりに銀色に映る長い柄を掴んで引き抜こうとするが、痛みが増すだけでびくともしなかった。
「……そない簡単には抜けへんで。<返し>が付きおってるよってにな」
恐らく、陽鳴の肩に刺さっているものと同じ細い槍を鬼丸は見せて、にやりと笑った。
彼の言葉通り、柄の先には銀色の太い返しのある切っ先が付いている。
それが、陽鳴の左肩を貫通し、後ろの幹に食い込んでいるのだ。
まるで幹に縫いつけられたように身動きのとれない陽鳴は、取り敢えず鬼丸に向けて微笑んだ。
「さて……どうしたいのかな……こんな風に動けなくして、じわじわ食べる気?」
「まだ笑う余裕があるとは……恐れ入ったで」
鬼丸は槍を背中に背負い、陽鳴の側に寄った。
右手にまだ攻撃の意志があるのを見ると、小さく笑い肩を竦める。
「ええことを教えてやるよってに……喉はかんにんしてくれや」
「……いいこと?」
鬼丸は陽鳴の耳に顔を寄せ、二言三言囁いた。
それを聞いた陽鳴は、目を見開き、動揺を隠しきれない表情で鬼丸を睨む。
「……まさか、冗談だろ……?」
「あいつらも、終わりかもわかれへんな。ワイ個人ってしては残念やけど……」
「鬼丸……ッ!」
「遊ぶのも飽きよったし……ワイも見物にいこか」
そう残して、鬼丸はさっさと消えた。
周りを囲んでいた鬼の気配もそれと共に一斉に失せる。
本来の姿を取り戻した青葉山には、銀の槍で括られた陽鳴だけが残った。
「……蛭子、……」
あの鬼の言葉が真実なら、紅達が、蛭子が危険な目に遭う可能性はかなり高い。
下手をすれば……本当に終わりかも知れない。
そんな時に、こんな槍一本で……足止めを食らってる自分は何なんだ。
護りたいのに。
何より、護りたいのに。
化け物に所詮人間とあしらわれるのは構わない。
痛めつけられるのも、どうだっていい。
ただそれで……アイツを護れないんじゃ……
「……契約した、意味が……ないんだよ……ッ!」
右手で、槍を掴んだ。
力を込めて抜こうとしても、やはりびくともしない。
痛みを堪え、俯いた顔をあげた先には、闇が在った。
重く深い雰囲気を纏うその門は、堕天した自らの背負う闇だろう。
なら……その先には何があるのだろうか。
鬼の言うように……望む世界が在るのだろうか。
欲しいものが、手に入るのだろうか。
この門さえ開けば……
例えば、何もかもから大事なものを護れるだけの……力が。
「……馬鹿げてる」
陽鳴はかぶりを振って、傷口の側から手を離し、槍の柄の先端の近くを掴んだ。
そしてそれを引き寄せるように、槍を抜くのではなく柄の方へと体を抜いていく。
徐々に太くなる柄は傷口を広げ、痛みは言い表せない程だった。
それでも。
彼女を、すべてを。
護る為なら。
こんな身体、痛くないから。
「……うわぁあああああァッ!!」

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