月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第漆妖『羅門深紅隊』4



「……っ!! このっ!」

彼の喉の奥から洩れた無様なうめきに、虚無が薄く笑む。
彼の身を締め付ける濃密な怒気。
いや、透明な殺気。
凄まじい密度で、現実に息がしづらくなるとも思えるほどなのに、それを彼に向けた虚無の目は怒りに燃えていながらも冷たく凪いでいる。

――――邪気を持つ類のものは大概自らの感情を殺す。
また殺していることを悟られぬよう装う。
感情に引き摺られれば周囲が見えなくなる、動きが雑に、大振りになる。
だが、

しゅうぅぅうう!

虚無の大鎌に彼の火炎が切り裂かれる。
彼の背筋を冷たい汗が伝うが、彼は虚無をかわし切れない、逃げ切れない。
つまり

火炎を使える間合いが取れない――!

炎を裂いて迫る白い光芒、かわす先迫る刃に彼は素早く逃げるが、掬い上げるような小さな顎がくらいつく。

怒りで大降りになるどころか、動きが速くなっている。
冷静な目を失わず、動きは怒れる者の物。

――――感情を完全に支配化においているのか!?

「お前のような手錬が、このような田舎にいたとはな。悔しくはないのか? こんな田舎の陰陽師に仕えて終わる自分が。」

「つまりお前は今の主が不満なのかい?」

冴えた声、振り下ろす刀に逆に踏み込まれ、彼は小さく声を漏らして咄嗟に身をひねったものの彼脇に熱が走る。
彼は死に物狂いで身を離し、地を転がって自分の間合いを作る。

――――姿は無様だが、これで『成った』!

彼は心中でそうつぶやいて、にやりと笑った。

作り上げるは業火、この間合いは己の領域、身に受けた傷は本物に成り代わる!

「喰ら……っ!」

彼の喉の奥で言葉が凍りついた。
業火の下を潜り抜け、目前に迫る凍えた男の深紅の瞳と白い刃。
刃そのものは手甲で止り、

「咲<わら>いな。」
「が……ッ!?」

――――なに、が

――――刃は止めた、止った。
が、ナラバ コノ ムネノ アツサハ――?

彼が呆然と、見下ろす視界、胸に咲く赤い『花』、彼の心臓を食い破る、血の羽で出来た……。

その闇夜にも鮮やかな赤い輝きが、ゆっくりと闇に溶けて、音も立てず、彼の意識は落ちた。