月下のクリムゾン るりぃ ◆wh4261y8c6 /作

第参妖『手ノ目』7
屡狐が腕を振るうと、飛びかかる手の目の両腕が吹き飛ぶ。
手の目は、布を裂いたような叫びを上げ、落ちた腕を残して後は灰となり果てた。
「上出来よ。」
見事手の目を倒した屡狐にふと笑いかけると、紅もすでに抜刀したを構え、草むらを這いずり回る手の目の集団に突っ込んでいった。
血に濡れた刀身が、きらりきらりと月に輝く度に、絶叫と、身体から切り離された腕が宙に舞う。
そうして、十分も経たぬ内に群がっていた手の目は全て灰に帰した。
「あらかた片付いたわね。」
「突進してくるだけだからの。軽い軽い。」
「……次は、そうは行かないわ。」
妖刀の露を払い、紅は再び草むらに刃を向けた。
それに返事をするように、べおんと琵琶が鳴る。
恨みのこもった旋律は、天に地に響きわたり、徐々に激しさを増していった。
「…腕が…!?」
屡狐の足下に落ちている手の目の腕が、びくりと跳ねる。
そして指で大地を掴み、琵琶の音の方へと素早く這っていった。
他の腕も同様に草をかき分け、一点に収束する。
集まった無数の腕は、繋がり、掴み合い、折り重なると、丁度人間ほどの大きさの塊となった。
琵琶の旋律が、弦が切れるのではないかと思うほどに高潮する。
蒼い月に照らされた、腕の塊は徐々に融け合い、どろりとした粘着質のものへと変化していった。
「……気色悪い……」
「……出ますよ。」
柔らかい肌色の液体が、塊の側面からぼとりと落ちると、中から一人の男が出てきた。
年の頃は、八十くらい。
痩せ細り、あばらの浮き上がった胸には青白い血管が無数に走っていて、それは顔面にも及んでいた。
目玉は、瞼を閉じたままそれが塞がってしまったように膨らみだけを残して潰れている。
ボロ布に近い白い着物を風に揺らし、細い腕をゆらりと持ち上げると、老人は掌をこちらに向けた。
そこにはやはりぎょろりとした目玉があり、忙しく動いて辺りを見ている。
「くやしい とも いのち あやめた」
「友とは異な事を…貴方が殺めた人間でしょう。」
老人がしわがれた声でゆっくり恨みを吐くと、紅はそれを皮肉に笑いながら返した。
毛のほとんど生えていない眉をぎゅっとしかめて、身体を震わせながら老人は土に手をついて低い姿勢をとる。
怒りに噛みしめる歯は、泥と血に汚れて、尖っているものも混じっていた。
あれでヒトの骨すら噛み砕くのかと思うと、屡狐は少し背筋が冷たくなった。
だが、狐を喰らったのはあの口である。
お春の目玉を掻きだしたのもあの長く尖った爪だ。
なんとしても、一撃食らわせないと気が済まなそうだった。

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