月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第伍妖『妖刀―紅葉―』4



目を開けると、身体の自由がきかなくなっていた。
締め切られた戸の隙間から光が漏れ、空中に舞う埃を映す。

「油断したわ……。」

手足を後ろで縛られた状態で、紅は呟いた。
視界の隅に、妖刀が見える。
敵は、妖刀が目当てだったわけではないのかと紅は首を傾げた。
だとしたら、自分を捕らえ閉じこめておく理由は何なのだろう。
このまま餓死でもさせる気だろうか。

「それにしても……何故よりによって……。」

先程も油断したと言ったが、紅がいとも簡単に捕まってしまったのは理由があった。
いつものように縁側でぼんやりしていたある日、突然蛭子が訪ねてきたのだ。
まえはやり過ぎたかもしれないと密かに反省していた紅は、珍しくいやみをいわずに迎えてやった。
だがその蛭子は、どうやら偽物だったようで。
妖刀が震えて教えてくれた時には遅く、鳩尾に強烈な蹴りを食らって不覚にも気絶してしまったようなのである。

あれから何日経ったのだろう。
自分の空腹より気になるのは、妖刀だった。

一体どれだけの間、妖刀に命を吸わせていないのか。
妖刀が飢えれば、喰らうのは紅の命である。
見る限り、今の所は無事なようだが限界はそう遠くなさそうだった。
手足を解こうにも、縄の代わりに鎖で縛られていて、さすがの紅もどうしようもない。

せめて、誰かに連絡さえつけられれば……。

「誰か……。」

ふと蛭子や仲間たちの顔が浮かんで、紅は頭を振った。
確かに今まで何度か窮地を救ってもらったことはあるが、感謝はしても甘える気持ちは微塵もない。
ましてや、頼りになどしているはずもないのだ。

「……来るはずはないわね。突き放したのですから。」

思い出して、少し寂しげに笑う。
仲間と出会ってから、やたらと苦しい思いばかりした気もするが、あんな毎日は紅の人生の中で初めてのことだった。
北条早雲の言うように、紅は命を避けていた。
側にあるのは、討つべき命のみでいいと思っていた。
紅は、命を糧に生きる、ヒトと物の怪の狭間の<モノ>なのだ。

物の怪がヒトとは相入れぬように、自分もヒトと上手くはやれないのだと思った。
いや、上手くやれたとしても、いつかその命を手に掛けてしまうのではないかと怖かった。

だから、紅は孤独を選んだ。
一人ならば、側にいなければ、傷つけることもない。

彼らとも、本当はもっと距離を置くべきだったのだ。
突き放しても、嫌味を言っても、決していい顔をしなくても。
彼らは側に来てくれたから、つい、離れられなかったのかも知れない。
朱雀王の思惑もあって、余りに近付きすぎた彼らを、紅はいつしか恐れるようになっていた。

これ以上、縮めてはいけない。
心にあるもう一人の自分がそう叫んで。
紅狐は彼らから離れることを決意した。

それなのに、もう一方で軽口を言ったり、呆れたり、笑ったりした日々を懐かしんでいる。
思えば、あんな態度をとれるのは彼ら達にだけだった。
紅の周りには、主や部下はいても同じ背丈の<友>はいなかった。
彼らは、その<友>になれる人間だったのかもしれない。
朱雀王もそう考えて、彼らを寄越したのかもしれない。
あの方は、優しい人だから。
自分の孤独にいち早く気付き、いつも心配してくれていた。
たまに「鬼ごっこしにこい!」とわざわざ書状まで送り付けて呼び出すのも、自分を孤独から救おうとしての事だと、紅にはよく解っていた。

「また私は……自ら断ち切ったのね……。」

差し伸べられた優しい手を、取る勇気も持てずに。
傷つけまいとしたことで、きっと誰かを傷つけている。
こうして独りになっていくのだと、紅は少し笑って妖刀を見た。

それでも。

寂しくても。

負けられないから。

「きっと……護るから……。お父様と、約束したのだから……。」