月下のクリムゾン  るりぃ ◆wh4261y8c6 /作



第伍妖『妖刀―紅葉―』7



「そうじゃ。じゃがそこで、予想外の事が起こったんじゃ。」

「予想外の事……?」

「紅葉の受けた毒は、身体ばかりでなく魂まで侵していたのだ。」

「……それで、紅葉は妖刀となったの?」

蛭子の声に、一目連は頷いた。
そして再びゆっくり目を閉じる。
その表情は、どこか悔いているようにも見えた。

「妖刀となった紅葉の毒を浄化するには、一つでも多く物の怪の命を断ち切るしかなかったんじゃ。そしてもし、一度でも紅葉でヒトを殺めることがあれば、直ちに魂は汚れ、堕ちるであろうと、儂は蒼太郎に伝えたのだ。蒼太郎亡き今、紅が紅葉を受け継ぎ、未だに護っておるようだ。」

「なるほど。それで紅葉でヒトを斬るのを拒んでたってわけですね。」

納得したような声を上げた八咫烏を武者猫は見て、頷く。
胡座を解き、すっと立ち上がると障子を開けて振り向いた。

「その紅葉が、泣いておる。恐らくは紅に何かあったのだと思い、こうして駆けつけたわけだ。」

にわかには信じがたい話であった。
人間の魂を刀に移すだの、刀が泣くだの。
しかし、嘘は感じられなかった。
それに事の真偽がどうであれ、紅が危うい目に遭っているのであれば救わなくてはならない。
この子供が、その導となるのなら、武者猫に間違いないかどうかも八咫烏と蛭子には関係なかった。

「紅葉の場所は、解るんでしょう?」

「ああ。泣き声が途絶えぬうちはの。」

「それでは、急ぎますか。有能な陰陽師を失ったとあれば、神界のこれからに差し支えますからね。」

言いながら蛭子を見やると、彼女は「頼んだわ。」とでも言うように腕組みをして頷いた。

「ほら、行きますよ。おちびさん。」

「……罰当たりなからすだな。お前は……。」

言うに事欠いて「おちびさん」呼ばわりされた武者猫は苦笑してから、軽い身のこなしで八咫烏の背に飛び乗った。
そして、まるで馬を走らせるように後頭部を軽くひっぱたく。

「まずは北に向かってもらおうかの。八咫烏。」

「僕は馬と違うんですけど……。」

ぶつくさ文句を言いながら、武者猫を背負い消えたかのような素早い動きで去った八咫烏を見送って、蛭子は真剣な顔で呟いた。

「あの二人……いい勝負かもしれん……。」