小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 幽霊からのテガミ編(15)
「おい、起きろ高橋。」
時刻は午前1時。脇腹らへんに猛烈なキックを食らって飛び起きた。ありがたいキックをお見舞いしてくれたのは時木だった。
「ぐはっ。なんだ……お前か……」時木の肩にはカイコが乗っていた。夜中に訪問とは……TPOをわきまえようぜ。
次の瞬間、時木の罵声が静かな夜の空間に響いた。
「…… こ の 、 ク ソ 馬 鹿 っ !」
「…へっ?」
「高橋お前、なんで国由を連れてきたんだよ!! アイツすげぇ旨いんだよ!お陰で憑りつかれちゃったじゃないかよ!!! あーもうどうしてくれるんだ!このクソ馬鹿っ!」 言いながら、ガシガシ俺を蹴ってくる…ちょ、痛い痛い、止めてくれ。
その時、カイコが止めに入ってくれた。
「杏、高橋はね、親切で鈴木君をあのマンホールに連れてきてあげたんだよ。だから、あんまり蹴ると可哀想だよ。」
「……っ、第一、なんでお前が騙されてんだよ!ああーもう!カイコも高橋も大馬鹿だ!! 二人して何やってんだよ!!!」 今度はじだんだを踏み始めた。みんな起きてしまうのでそろそろ止めて頂きたい。
「時木、とりあえず謝るから、謝るからさ、頼むから落ち着いてくれ。」
すると時木はふくれっ面のまま俺のベッドの端に腰かけた。
「……あのさ、高橋。私、お前にこの前透明人間の話したよな。」
「ああ、うん。」
「私はね、もう気付いてるだろうし、面倒くさいから言っちゃうけど、―――― 幽霊なんだよ。話したよな?透明人間は目が見えないって。―――私も同じ。誰も私の姿が見えないし、私の声も聞こえない。代わりに、私も誰の姿も声も感じることができない。」
「…え?俺、お前のこと見えてるけど?」
「それはお前が霊感が強いからだ。マトモな奴じゃ見えてない。」……まじっすか。俺、霊感あったんだ。
「でね、理解の遅いお前のためにいちいち丁寧に説明してやるけど、私の本体は精神だ。体は無い。すなわち脳もないからね、考えることもできないし、記憶も、言語能力も皆無なんだ。多くの幽霊がそうであるように、ただ心だけでこの世に漂っていたんだ………けどね、カイコマスターのサイト見たよね?あるカイコマスターが心だけこの世に漂っていた私に脳の代わり――― つまり、私の蚕を与えてくれたんだ。人助けの一環としてね。」
「その蚕は僕の妹なんだよ。」カイコが言った。
「――― それで、今私は肉体を持っている訳じゃないからこの世界を感じることはできないけど、霊感の強いお前みたいな奴とは話ができるし、自分の意思も決定できる。ただ、生前の記憶は持ち合わせてなかったんだ。」
「……なかった?」
「そう。ただ、国由が憑りつかれた時に、記憶がなぜか戻った。……うん、ちょうど8時過ぎだったかな。ここの部屋でボーっとしてた時にね。」
「ちょ、ちょっと待て。あの時、お前はマンホールの中に居て、俺と鈴木に今朝の陸上部の部室の幻覚を見せていたんじゃなかったのか。それで、カイコに幻を見破られて、鈴木に飛びかかってたじゃないか。」
「……アレはね、私であって私じゃない。」
……うーん。と、どゆこと?
「死んだときに別れちゃったんだ……ほら、多重人格ってあるだろ?あれは何も珍しい話じゃないんだ。
高橋だって、笑っているときの自分と怒っているときの自分じゃ明らかに性格が違うだろ?誰だって自分の中に沢山の違う『自分』を持っているんだ。
ただ、そのそれぞれの『自分』をある一人の自分として形作るにはそれぞれの思い出、すなわち記憶が必要だ。私たちは大勢の自分を記憶という鎖で繋いでいるんだ。
……多重人格者っていうのは自身の中の大勢の『自分』が共通した記憶を持っていない状態の人を指すんだ。だから他人から見て、ひとりの人間の中に多数の違った人間が居るように見えるワケ。」
ああ、成程ね。難しいけど、なんとなく言いたいことは分かった。時木は言い換えれば、某有名アニメのロール○ンナちゃん状態になってるってことか……な?
「それで、国由に憑りついた『私』はこの私とは同じ記憶を持っていないんだと思う。……きっと、憑りついたところを見ると、国由についての記憶は嫌な記憶しか持っていないんだと思う。」
「でもさ、時木。憑りついて何か鈴木に困ったことがあるわけ?」
「……僕の聞いた話じゃ、一つの肉体を二つの魂で使うと寿命が二倍速に縮むって聞いたよ。」カイコが重々しく言った。
「……」
そりゃ、ヤバイな。
時木が髪をかき上げた。
「――――― そういうことだ、高橋。だから、手伝ってほしい。カイコマスターとして。
………アイツを国由から抜くのに力を貸してくれないか?」

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