小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(14)
「な、何なんですかあなた……。」
「ふむ。」青服が腕を組んだ。「まぁ時間もたっぷりあることだしね。ちょっと説明してあげようかなあ。
じゃあまず最初に君が質問に答えてくれるかな。……初めに奴らに出会った時、変だと思わなかったの?突然カイコマスターだなんて言われてさぁ、突然気持ちの悪い虫に四六時中くっつかれたりしてさぁ!」
「気持ち悪くなんか、ないです。」それだけ言うので精一杯だった。けれどカイコを悪く言うのは何となく許せなかった。
「じゃあ言い方を変えよう。何故、あの虫が君を選んだんだと思う?特に変わったこともないそこらへんの学生の君をさ。」
「それは、」記憶を遡りながら、俺は考えた。確か、カイコと出会う前の晩、小説 カキコのサイトが変になっていて、それで時木は俺が偶然に、ランダムに選ばれたとか何とか言っていたような……「偶然です。たまたまくじが俺に当たった。そんなもんです。」
「はっ、偶然ね。」青服がさも愉快そうに鼻で笑った。「偶然?それは説明のつかない必然を隠す言葉でしか無いんだよ。どっかの偉い哲学者も言っていただろう。全ての物事は起こるべくして起こる。言葉を返せば原因の無い事象は有り得ない。さらに全ての事象はまた、それ自体も何かの起因となって世界は構築されてゆくんだ。
じゃあ、もう一度話を戻そう。そういうことで、あの虫が君を選んだのには何かしらの理由がある。偶然だなんて言い訳だ……それなのに君は、そんなことも気付かずに今まで奴に使われていたんだぞ。」
「別に、使われていた訳じゃあありません。俺はただ…」
「ほぉら、」得意そうに、にんまりと笑う。「それが君の長所でもあり欠点でもあるんだよ。報酬も何も求めずに、ただ親切心から行動してしまう。時木杏の件だってそうだったろう?……少し難しい話をするとね、人間にはその人間の元となる要素がある。君の場合それが完全なる善なんだ。こんな都合のいい人間、誰だって欲しくなるよ。
そして更に。あんたは衣田の血を引く人間だ。霊力も強い。あの時、幽霊だった時木杏が君の目には見えたのも、衣田の血のおかげなんだよ。あの虫からすれば最高に都合のいい奴なんだよ、あんたは!」
「意味が分かりません。そんな、衣田さんは俺に関係ないし……」
「関係あるよ。衣田はあれでも蟲神神社の神主だ。うーん、ちょっと分かりにくいかなぁ……。あの虫がもとは人間だったのは知っているよねぇ?あれはね、罰なんだよ。あの虫がまだ人間だった頃、ちょっとばかし悪いことをしてしまってね。結果、村の人間を何人も殺してしまったんだよ。人間だけじゃない、神様まで殺してしまった。蟲神をね。
まぁそれのおかげで僕のような奴もここらへんでウロつけるようになったんだけどねぇ。さてと、」そう言って一度口を閉じると、目玉だけでニヤリと笑って俺を見た。「説明はここまでだ。このまま、あんたのおかげであの虫の罪が許されてしまうと僕は相当困る。…そういうことかな。」
一歩、また一歩と青服がゆっくりとこちらへやって来る。……よく顔を見ると、青服の口がだんだんと、大きくなっていた。少しずつだが、唇は左右に大きく裂けていき、最終的には耳元まで広がった。その隙間から見える白い歯は、何かの野生の獣のように鋭くて小さい。初め人間だと思っていた顔が、だんだんと人のソレとは離れて、化け物へとなっていく。
恐怖のあまり、声も出ない。足も動かない。
このまま、俺は、一体どうなってしまうのだろう。
動けない俺に向かって、青服の手がぬっと伸びてきた。
覚悟を決めてぎゅっと目をつむる。
ビュッ。
目の前で鈍い音がした。
それから青服の甲高く喚く声。
「……えっ?」
恐る恐るまぶたを開けると、俺の目の前には土我さんが立っていた。いつも通りの、茶色いコートを着ている。左手には白銀色に輝く、まるで時代劇にでも出てきそうな刀を持っていた。足元には、青服の腕が転がっている。
「ど、土我さん?」あまりの驚きに声が震える。「…何で?何でここに?」
「なんでもいいから、」土我さんが俺の方を振り返った。「とりあえず逃げて。達矢もね!」
すると今まで硬直していた柚木さんが、急に動きだし、俺の腕を引いて走り出した。驚くことにその瞬間、今まで少しも動かなかった足が自由になった。
「神社の本殿に逃げよう。」柚木さんが走りながら言った。「きっと家の中には由紀子もお義父さんも居ない。多分、もうここは異世界なんだ。」
「異世界?」さっきから何が何だか全く分からない。
「あーっ、もう何でもいいや、とりあえず逃げるぞ!」
そう言い放つと、柚木さんは更にスピードを上げた。

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