小説カイコ       ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作



第二章 後編(20)



「あ、気が付いた?」
見上げると、群青色の星空を背景にほっしーが俺を覗き込んでいた。
断裂して、どこか別の世界へと飛んで行っていたような意識が、急に元の世界に戻った。……どうしてか、そんな風な気がした。

「えっと……俺……」
「高橋ったら気絶してたんだよ。たった2分ぐらいだったけどね。もう、人の顔見るなりぶっ倒れてさ、ほんと失礼な奴だな(笑)」
「……ごめん。」

すると、ほっしーはおかしそうに笑った。「なんで謝るんだよ。っていうか、なんでさっきはあんなに驚いてたの?俺ってそんな変な顔してた?」
「いや、別にほっしーの顔は変じゃないよ。」
「じゃあ、なんで?」

返答に困った。なんて言おう……
そんな俺の様子を見てか、ほっしーは呆れたように溜め息をついた。
「あーあ、そうやってまた高橋君は秘密主義ですかwww」
「違うよ。別に秘密にしたいわけじゃないけど…何て言うか……説明に困ってる。」
「大丈夫。高橋のどんなヘタクソな説明でも、俺の天才的な国語力でどうにかしてあげるから。国語だけは昔から得意なんだからね。」

「えー、だってすんげぇどうしようもない話だよ。えっと、ほっしーがここに来る前に俺めっちゃ変なおっさんに絡まれてさ、逃げようと思ってた矢先にほっしーがいきなり来たからビビってただけ。それだけ。」…おっさんが突然消えたことは、さすがのほっしーでも信じてくれまい。

「ふーん。そんなことがあったの。じゃあなんで高橋はここに居たの?」
「それは……迷子になったっていうか……」
「なんだよそれwww夕方ごろ宿場から飛び出して、今の今まで迷子だったの!?本当にどうしようもないね。」
「ごめん。」

ほっしーは謝る俺を無視して腕を組み直すと、少し口調を速めて喋りだした。まるで生徒を叱る小学校の先生みたいに。
「で、どうするの?部屋に帰るの帰らないの? ……まぁ、帰らないなんて駄々こねたらブッ飛ばすけどね。みんなお前のこと心配してるんだからね。自分で言っちゃあなんだけどさ、俺だって夕飯抜きで高橋のことずっと探してたんだから。少しはみんなのこと考えてよ。」
「……ごめん。マジでごめん。」

「わかったんならそれで良し。さっさと帰るよ。鈴木がもうそこまで迎えに来てくれてるかもしれない。」そう言うと、ほっしーは俺の腕を引いて颯爽と立ち上がった。

ほっしーの誘導で暗い森を抜けて、宿場へと続くであろう車道に出ると、数十メートル先に懐中電灯の光が見えた。鈴木だった。
ほっしーが両手をいっぱいに広げて、鈴木に合図を送った。「おーい、鈴木!こっちこっち!」
あぁ、と答える声がして、だんだんと足音とライトの揺らめく光が近づいてくる。まだ心の準備もできないままに、すぐに鈴木は目の前までやって来た。
「鈴木、やっと高橋確保したよ(笑)」ほっしーが豪快なドヤ顔を見せた。

錯覚だろうか、鈴木の姿をすっごく久しぶりに見たような気がした。
一瞬、目が合った気がしたが、申し訳なさで一杯で何と言ったらいいか分からない。「……ごめん。」
「何が?別にお前何もしてないじゃん。」ふい、とまるで猫のようにそっぽを向いた。
「その、いろいろと……さっきはひどい事言って……ごめん。」

するとそっぽを向いたまま、鈴木はアハハハハハ!と大笑いしだした。「さっきって、もう4時間以上前のことだろwww相変わらず変な奴。それに俺の方が意味不な行動して悪かった。あれで気分悪くならない方がおかしいよ。謝る。だからさ、だから、この話はもう流そうぜ。」再び、こちらを向いた鈴木の顔は、なんだか照れ臭そうだった。何故だかこっちも恥ずかしくなってしまう。
「……そうだね。ありがとう。」
「やめろよ、照れる(笑)」

「じゃあ帰ろっか。お腹すいたな、途中でなんか買おうよ。」ほっしーが財布の中身をチャラチャラと鳴らしながら言った。
「いいねー。俺さぬきうどん食いたい。」
「鈴木は今食って来たんでしょ。太るよwww」

いつも通りの二人の会話を聞いているだけなのに、なんだかとても幸せな気分だった。迷惑をかけてしまった申し訳なさと、どこからかくる妙な温かい気持ちとがごちゃ混ぜになって、よく分からなかった。
きっと俺は、この二人に聞いてもらいたかったんだと思う。もっと自分を分かってもらいたかったんだと思う。変なプライドと、不器用ささえなければ、きっともっと早くに楽になれていたんだろうに。

……今なら話せる。そんな気がした。