小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第二章 鎌倉編(8)
◆
きょうは、お祭りの日です。
それにわたしのおたんじょうびです。
ことしの、お祭りでは国由がやっと3さいになりました。
お姉ちゃんのわたしがいっしょにいってあげなきゃいけません。
もんげんは、5じまでだけど。
スーパーボールすくいのおじさんに、きょうはたんじょうびなんだと言ったら、おまけをたくさんくれました。
わたしのお気にいりは、キラキラのラメがはいったうすいピンク色。
国由にも、きれいな水色のやつをわけてあげました。
家にかえると、
お父さんがかわいいお洋服をくれました。
お母さんがクラッカーをならしてくれました。
みんなでケーキをたべました。
きょうは、ほんとうに楽しい一日でした。
◆
最近、クラスが嫌で嫌でしょうがない。
クラスの女子がこぞって私を無視したりハブいたりする。
シカトの理由は簡単。ただの嫉妬だろう。
勉強も運動も人より抜群にできて、他の子よりもちょっと見た目もいい私は先生に可愛がられ、男の子達からも人気。さらに運動会や合唱祭、自然教室なんかでも目立った役をしていた私。馬鹿な彼女たちがよく使う言葉を借りて言えば、わたしは“うざい”存在らしい。
ついたあだ名はガリ子。いっつもガリ勉してるから。
だってしょうがないでしょ?私はあなた達とは目指すところが違うんだから。ガリ勉したり、したくもない学校行事の目立った役をやって内申点もキープしとかなきゃ受からない中学校に行くんだから。
国立F大学付属中等学校
倍率は6倍近く。でも、
………絶対に、受かって見せる。
◆
ある日の夕焼けの綺麗な放課後、私は教室にいました。
その日は塾の自習室も、図書館の勉強室も閉まっている日だったのでしょうがなく学校の教室で勉強していたのです。
私の机には色とりどりのマジックやポスターカラーの落書きの跡。
クラスの馬鹿共が嫌がらせに朝早く学校に来て、私の机に落書きをやっていくらしい。毎日こんなことに時間を費やすなんて、本当に馬鹿なんだなとつくづく思う。
しね、うざい、きえろ、かす、きもい、
こんな汚らしい言葉の上で、私はノートと塾のテキストを広げて勉強します。5時のチャイムがなるまで勉強します。明日は全国模試があるからちゃんと実を入れて勉強しないと……
「杏ちゃんってさ、毎日頑張ってて偉いよね。」
突然、肩の後ろから声がしました。声を掛けてきたのはいつもクラスの隅っこで本を読んでいるような地味な男の子。会話を交わしたのも数回しかないような男の子。
きっと、悪口の書かれた机の上で黙々と勉強する私を憐れんでの言葉だったのでしょう。
だけど、何でだろうね。
私とっても嬉しかった―――――――――
◆
無事にF大付中に受かってから楽しい数か月が過ぎ、秋になった。
夏からずっと頭痛が続いていた私は両親に連れられて病院へ行きました。いくつかの検査の後に、聞いたこともないような病名が私に告げられました。
「いますぐ入院が必要です。」
………そして、私の入院生活が始まりました。
◆
入院してから数週間が過ぎ、秋も深まってきました。
今日は友達がお見舞いに来てくれました。
友達が帰った後、窓からの夕焼けが病室いっぱいに広がりました。すごく綺麗で、もう帰っちゃったあの子にも見せてあげたかったな。
その時、ふと思い出しました。
小学生のとき、いじめられていた頃。
あの日も綺麗な夕焼けの日だっただろうか。
私に声を掛けてくれた男の子。
なんて名前だったか思い出せないけど、
今はどこで何をしているんだろう?
◆
「ねえお母さん、私、もうすぐ死ぬんでしょう?」
雪の降る、寒い日でした。突然の私の質問に、母は驚いた後に悲しげな表情になってから無理矢理に笑顔を作って私にこう言いました。
――――――――― 絶対に、治るからね。大丈夫よ。
母が本当のことを言ってくれなくても、私はなんとなくわかっていました。もう、絶対に、治らないんだと。もうすぐ自分は死んでしまうのだと。
――――――――― どうして杏なんだ!国由が代わればいいじゃないか!!
狂ったように、お父さんが叫びました。お父さんは最近変です。前より派手な格好をするようになったし、仕事も辞めてしましました。言葉づかいも乱暴になりました。それに前からのことでしたが、国由に冷たく当たるようになりました。
――――――――― ちょっと、あなた、それどういう意味なのよ!
いつも温和で、何を言われても怒らないお母さんがヒステリックに聞き返しました。
――――――――― だって、アイツが生まれたせいで、真奈は死んだんだぞ!?今度は杏が!アイツさえ生まれなければ、アイツさえ……!
――――――――― いい加減にしなさいよ!なんで国由のせいになるのよ!だいたい、あんたがそんなんだから悪いんじゃないの、なんだって仕事辞めたのよ!?私のパート代だって酒に回してんの知ってるんだからね!?もう、意味が分からないわ。ああ、可哀想な真奈!こんな旦那に……
――――――――― 真奈はそんな風に俺を言わない!お前なんていらない!
カラン。
後ろで、花瓶の落ちる音がしました。どうやら花瓶の水を汲みに行った国由が、病室のドアのところで今までの話を聞いていたようです。
国由は、私たちが振り返ると廊下へ走って逃げてしまいました。
「待って!国由待って!」
たまらず、私は国由を追いかけました。国由は足が速くてすぐに病院の外に出て行きました。長い入院と、病気に蝕まれて私はうまく足が動きません。
息を切らしながら病院の中庭に着くと、ほとんど雪で埋まってしまったベンチの上に座って国由は一人で泣いていました。
ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね――――――
何千回謝ったのでしょう。私は国由を抱きしめながらずっと謝りました。
ごめんね、こんな体になってしまって。
ごめんね、嫌な思いをさせちゃって。
ごめんね、こんなお姉ちゃんで。
ごめんね。
最後の最後になって、隠し通せなかった。私と両親との秘密。
私はもうすぐ死んでしまうけど、国由はこれからもっと生きていかなくちゃいけないのに。
ごめんね。
私の家族は、もうすぐ終わるでしょう。
馬鹿な父親の手によって
継母のヒステリーによって
姉である私の死によって
……………せめて、最後の瞬間くらい、本当の家族でありたかった。
最後の言葉は、ちゃんと話せたか分かりません。
ただ、国由がお姉ちゃん、お姉ちゃん、と泣き叫ぶ声だけが聞こえます。
もう、何も感じません。きっと、人はこうやって死ぬんでしょう。
ねえ国由。
いつか、夏になったら、
………スーパーボールすくい、またふたりでいきたいな。

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