小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第二章 鎌倉編(11)
「………たかは………たか…はし……高橋、おーい、高橋!」
呼ばれて、目が覚めた。
まぶたを開けると鈴木の心配そうな顔が視界に入った。
「あ、、、鈴木。」
鈴木の後ろには青空。あのアパートの天井ではない。
どうやら、あの逗子駅前の公園に戻ってくることができたらしい。
時木は姿も気配も微塵もない。どこに行ってしまったのだろうか。
「高橋、ほんっとに、本当にゴメン。」鈴木が何度も何度も謝ってきた。
「え、謝らなくていいよ………鈴木はなんも悪くないんだし。」
「いんや、悪いよ。俺のせいで怪我させちゃったみたいだし……本当にゴメンな。ごめん。」
「あ、ここ公園だよね?鈴木がここまで連れてきてくれたの?」……アパートの玄関で脱いできたはずのスニーカーが、何故か足にはまっている。
「違う。俺もさっき気が付いたら、お前と一緒にここに居たんだ。」
「じゃあ、時木は?」
「………わからない。」鈴木が微妙な表情で答えた。「居ないみたいなんだ。でも俺たちをここまで運んできてくれたのは姉ちゃんだと思う。」
「……そっか。」
その後、壁部屋の中から外に出ると土我さんがめっちゃ謝ってきた。
「任史君も国由君も、本当にすまない。僕の不注意だった。本当に、本当にごめんね。」言いながら、土我さんは土下座した。
「だ、大丈夫ですから、そんな土下座なんてしないで下さい………」
よく見たら、土我さんの両方の肩には蚕が一匹ずつ乗っかっていた。
「あれれ?土我さん、かいこ…2匹?」
「僕の妹だよ。ほら……杏と今まで一緒にいたんだ。」カイコが自慢げに言った。
「じゃあ、時木は一体……?」
「杏は、もうあたし抜きでも大丈夫だから。だから、兄のところに帰ってきちゃった。」カイコ妹は可愛いらしい小さな声で嬉しそうにそう言った。「でも良かった。杏はもう大丈夫なの。」
そのあと、土我さんはお詫びだと言って俺と鈴木に鳩サブレを買ってくれた。それからは、しばらく歩いて逗子駅でカイコ妹と土我さんと別れた。
東京駅で鈴木とも別れ、カイコとしばらく二人っきりになった。カイコと話している途中で寝てしまったが、我島岡駅に着いたらカイコが起こしてくれた。
駅からロータリーに出ると、外はもう真っ暗で、深い群青色の空には星がいくつか輝いていた。蝉の鳴く声がして、もう夏が来るんだなあとしみじみと思ったりもした。
「ねぇ、カイコ。時木はどうしたんだと思う?」俺はさっきから、同じ質問を繰り返していた。時木はどこに行ってしまったのだろうか。今はどこで、何をしているのだろうか。
「わからないけど、これで良かったんだと僕は思うな。そうだ、おまけのお話聞く?
妹の今のパートナーは時木だけど、前のパートナーは時木の小学校の頃のクラスメートだったんだって。世間は以外と狭いもんだよねー。」
時木の小学校の頃のクラスメート……それって、時木の記憶の断片にも残っていたあの男の子のことだろうか……? うーん、まさかね。
………その夜は、仲の良さそうな小さな姉弟が夏祭りで楽しそうにはしゃいでいる夢を見た。
――――――――――――――――――――――――――――――――
翌朝。
今日は月曜日。また一週間が始まる憂鬱な日だ。
そんな俺の憂鬱な気分とは裏腹に、空模様は雲一つない青空である。
昨晩は雨が降ったらしく、玄関を出ると地面が湿っていた。
時刻は午前6時。少し湿った青色の世界は、気持ちのいい涼しい風が吹いている。
チャリのカゴにエナメルを詰めようとしたら、ハンドルに何か引っかかっていた。
緑色のビニール傘。
いつか、大雨の夜に時木に貸した傘だ。確か、返すのいつでもいいよって言ったっけ。
傘の柄を手に取ると、ひんやりと冷たくて心地良かった。
意味もなく、傘を開いてみる。
〝 あ り が と "
傘の内側には黄色の文字でそう書いてあった。
黄色は別れの色だ。この傘は、幽霊からの別れのテガミ。
陽が高くなってきた。小鳥たちが合唱をはじめる。
しかしまあ、人が貸したものに落書きとはね……
――――――― 知らず、俺は笑ってしまうのだった。
~第1話:幽霊からのテガミ編・鎌倉編、完結~

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