小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(2)
「あのー、もしもーし」
神蟲村に着いたはいいものの、名主の家には誰も居ないようだった。どうしよう、こりゃ困ったな。
チリン、
ふと、背後で鈴の鳴る音がした。振り返れば、家の入口のところで僕と同じくらいの背丈の人影が立っていた。
その子の後ろから差す夕焼けでよく顔が見えないけれど、髪が長いところを見ると女の子なんだろう。
「どうしたの? うちに何か御用?」女の子が、口を開いた。
「え、あ、はい。今は大人の人は居ないの?」
すると女の子は手に持った鈴を再度ちりん、と鳴らした。「今日はお祭り。だからみんな御神輿(オミコシ)に行ったよ。」
「へぇ、そうだったんだ。じゃあ蚕のことはまた今度でいいや。」前に、風の噂で聞いたことがある。神蟲村では一年に一度、村はずれの蟲神社まで御神輿を担ぐという。
「…じゃあ、君は?どうしてここに居ん?」すると、女の子は残念そうに笑った。
「私はすぐ風邪を引くからお祭りには行っちゃ行けないんだって。それまで家ん中んて機(ハタ)折るの。」
「すごい、もう機折れるんだ。」
「うん。七つの時から折れるよ。私の折るのはね、すごく上手だって褒めてもらえるんだ。」誇らしげに、うふふと笑う。
「七つから!? すごいすごい。僕はきっといくつになっても無理だろうなぁ。」
「そんなこと無いよ。誰でも練習すればできるようになるって、母様が言ってた。そうだ、名前は何て言うの?」首を少しだけ、傾けて聞く。耳にかかった長い髪が、サラサラと揺れた。
「僕? 僕は太一。瓜谷村の太一。君は?」
「カイ。カイって言うの。昔ね、偉いお坊さんが付けてくれた名前でね、織物が上手になるように“衣”って言う漢字から取ったんだって。カイって化ける衣って言う意味なんだって。」
「化ける衣、か。だからカイはもう機が折れるんだね。すごいなぁ。」
するとカイは、ゴソゴソと桃色のきんちゃくを取り出した。きんちゃくを逆さまにすると、カイの白い手に金色の鈴がちりんちりん、と楽しげな音を立てていくつか落ちた。
「これ、あげる」言いながら、カイは僕の手のひらに鈴を三つ落とした。「悪いもんが逃げる鈴なんだって。みんなはお守りにしてるよ。」
「あ、ありがとう。こんなに貰っていいの?」
「うん。いいよ。私は一つ持ってるから。三つあげたら太一が他の人にも配れるでしょ?」
「そうだね、じゃあ妹と弥助にあげようかな。」
すると、カイは嬉しそうに笑った。「私から貰ったってちゃんと言ってね!ちゃんとだよ!」
「うん、わかった。約束するよ。」金色の鈴は、夕日に照らされて綺麗な橙色に変わっていた。キラキラと光って、本当に綺麗だった。

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