小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(23)
外へ出て二人に追いつくと、そのまま町を後にして元来た道を帰って行った。ハツは灰色の手提げを抱えるようにして持っている。
行きよりも速い足取りで帰り道を進んでいく二人に、俺は付いていくだけで精いっぱいだった。……速い。
「ねぇ太一。」突然、ハツが立ち止まって呟いた。「本当に、本当にこれで良かったのかな。」
「何言ってんだよ。もう決めちゃったし、やっちゃったことなんだよ。」太一が無機質な声で、ほぼ機械的にそう答えた。「それにこうするしか無かったじゃないか。」
「……でも!」
ハツが沈痛な声を絞り上げた。太一は歩みを止めて、怪訝そうにハツと向き合った。
「…でも?」
「でもやっぱりダメだよこんなこと!!私たちはきっと許されない、これからずっとこんな気持ちで過ごしていかなくちゃいけないなんて、あたし絶対に嫌だ!!」
「じゃあハツはどうしたいんだよ、僕たちもう戻れないじゃないか!」
「戻れるよ。」ハツが今にも泣きだしそうな目で言った。「お薬屋さんに戻ろう。それであのおじいさんに謝って、蚕を返してもらおうよ。」
太一が無言でハツを見つめた。唇をきゅっと一文字に結んで、何かに堪えているようだった。冷たい風が吹いて、二人の焦げ茶色の髪を揺らした。
「…ううん。」ハツが地面を俯いたまま、呟いた。「やっぱりだめだ。私の馬鹿。あのおじいさんが返してくれるわけ無いよね。それに、そんなことしたらお薬は二度と手に入らない。……そうだよね。」
言い終わると、ハツは地べたに座り込んでしまった。太一も突っ立ったまま、少しも動こうとしない。ただただ遠くを眺めている。
……物凄く暗い雰囲気だ。二人に何があったのだろうか。というかたった今までの間で何をこんなに後悔するようなことをしてしまったのだろうか?うーん、全く見当がつかない。
「あのー、二人ともどうしたの?俺、全然わからなっ……」
「高橋!」太一が、突然俺に抱き付いてきた。ギュッと握る力に、言葉が途中で無くなった。小さな体には不釣り合いな、とても強い力だ。
「あのね、あのね……!」太一が顔をうずめながら叫んだ。「高橋は、許してくれる?僕たちを許してくれる?」
「え?え、ええと……」突然の行動に、びっくりしながら太一の肩に手を置いた。「どうしたの?二人ともそんな深刻そうな顔しちゃって。」
顔を上げた太一は、泣いていた。太一は年の割にはしっかりしている印象があったので、少し混乱した。どうして急に泣き出したのか、その理由すら思いつかない。
ハツの方を見ると、ハツも地べたに座ったまま、ぐしゃぐしゃに泣いていた。
「二人とも一体どうしたんだよ。俺で良かったら話聞くよ?」
そう言うと、太一はうんうんと頷きながら俺を握っていた手を放した。その手を見ると、ひび割れていて傷だらけだった。労働者の手だ。まだこんなに小さいのに、今まで随分苦労してきただろうことを物語っていた。
座り込んでいるハツに手を差し伸べると、弱弱しく握り返して立ち上ってくれた。そのハツの手のひらも、マメや傷ができていて痛そうだった。
三人でゆっくり歩きながら、なぜか俺は合宿の時の事を思い出していた。あの時は鈴木やほっしーに散々迷惑かけちゃったな。はたして俺はあの二人に、それだけに見合うことを何かしてあげられているのだろうか。いや、何もできてないんだろうな。だってずっと、助けてもらってばっかりじゃないか。
話聞くよ?
そんなセリフ、前までは言ってもらう側だったな、とぼんやり思った。
◇
それから、二人が喋り出すのをずっと待った。三人で帰り道を歩きながら、ずっと待った。
空の色はあっという間に清々しい水色から、鮮やかな夕焼け空に変わっていった。血の滴るような真っ赤な色で、視界に見える物全てが赤色に見えた。
しばらくすると、太一がポツリと呟いた。
「聞いて、欲しいんだ。」とても透き通った声だ。「聞いてもらったからって僕のやったことが許されるわけでは無いけれど。でも、やっぱり聞いてほしくって。少しでも楽になりたいって、そんな風に思っちゃって。けどね、僕には楽になっていい資格なんてこれっぽっちも無いんだ。」
「いいよ。好きなだけ話してよ。俺どうせやる事なくて暇なんだ。」
二人を安心させたくて、できるだけ気楽そうに笑って見せた。あんまり上手に笑えた自信は無いけれど、それでも二人は返すように微かに笑いかけてくれた。

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