小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(3)
「……カイ。」
そう、つぶやいた、自分自身の声で目が覚めた。
勿論、目が覚めて真っ先に視界に入るものは何の変哲もない白色だ。一体、僕は何年これを見続けたのだろう。あと、何年何十年、何百年、見続けなければならないのだろう。
もうカイと離れ離れになってから随分な月日が経った。年号は変わって、平成の世となった。昔からの顔見知りなんて、妹以外には誰一人として生きてはいない。太一と呼んでくれる人は、もう、誰も居ない。
いつも眠りにつく、真っ白な繭。
いつも夢から覚める、真っ白な繭。
眠りの中で、繭の中だけがカイと繋がれる。幾年経とうとも、夢で逢える。
真っ白な繭の向こう側から、高橋の目覚まし時計が鳴る音がした。どうやら時刻は5時半を回ったらしい。気怠そうに低くうめく高橋の声がして、目覚ましの音が止んだ。……どうやら二度寝したみたいで、その後は何の物音もしない。もう、学校に遅れても知らないんだからね。
「ねぇ、カイコ」ふいに、繭の向こうから高橋の声がした。
「うん?何?てっきり二度寝したのかと思っちゃったよ。」予想外にちゃんと起きていたので少しびっくりした。
「ああ、確かに一瞬落ちたよ。っていうかね、最近同じ夢ばっか見るんだ。なんか小っちゃい女の子の夢。なんかロリコンみたいじゃん?俺変態なのかな。」
「……どんな、女の子?」
すると高橋は えー、と躊躇うような声を出した。「えっと、マジで勘違いしないでよ。俺本当にそーゆー趣味無いからね。それで……その子のことだけど、小学校高学年か中学入りたて、ってぐらいの年でね。髪が長くてさ、目がめっちゃ大きいんだよ。それで頭から布すっぽり被ったり、かと思いきや布の間から顔出したりして遊んでてさ、楽しそうに笑ってんだよ。あと、着物着てたな。着物。」
「…… 」言葉が、出なかった。
「あ、本当に、ほんっとうに、変な趣味がある訳じゃないんだよ!? でも着物着てるとかマジでそっち系のオタクみたいだよね……うわー……俺最悪……」
「その子さ、」自爆する高橋を無視して、僕は質問を重ねた。「鈴とか持ってなかった?金色の鈴。」
「鈴……ああ、見えなかったけど鈴の音はした気がするな。チリンチリン、って小さい音。てか何でこんなに鮮明に覚えてるんだろう……うわ、自分が怖い………」
「僕、その子のこと知ってると思う。」
「へ?」とぼけた声。無理もないだろう。
「ううん、気にしないで。それより早く仕度始めた方がいいんじゃない?今日からクラスの集まりだか何だかがあるんでしょ?」
「あ、やべ。すっかり忘れてた。」
そう言い終わると、バタバタと高橋が階段を下る騒がしい音がして、この部屋には僕一人となった。
に、しても。
高橋の夢に最近出てくるという女の子。今の話を聞く限りじゃその子はカイに間違いないと思う。というかカイじゃないとしたら僕には見当もつかない。
じゃあ……もし本当にそうだとしたら。
高橋を選んだ土我の判断はやっぱり正しかったということになる。杏は「名付けて、カイコマスター(笑)で、どう?」とかふざけた事言ってたが、けっこうあの時の僕は真剣だった。本気だった。
「土我……」小さい声で、呼んでみる。すぐに、心のどこかで土我の答える声がした。
「あのね、やっぱり高橋で当たりだったみたい。」
『やっぱり?ほらね、僕の目に狂いは無かったでしょ?』
「うん、やっぱり土我はすごいや。」
『あはは、照れるな。お礼に今度ひよ子買って来てね』
「了解。でもあんまり食べると太っちゃうんだからねwww」
そりゃ参ったなー と、土我の笑う声がして会話が途切れた。本当に土我には感謝している。勿論、ひよ子だけじゃ感謝しきれないくらいに。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク