小説カイコ       ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作



第一章 ふりだし編(19)



               ◇

 

             


―――――――― 色は匂へど 散りぬるを

                   淺き夢見じ 醉ひもせず








小鳥の、声がしていた。

蝉時雨の降り注ぐ夏。
虫の音の鳴り響く秋。

いつも眩しい小川には目を細めて。



……でも、触れることはできなくて。






               ◇




「ん。」

頭の後ろのほうが、ガン、と鈍く痛んだ。
目を開けると、眩しかった。さっきまでは真っ暗な夜で神社の中に居たはずなのに、ここは外でしかも明るい。昼、昼だ。目に見えるのは澄んだ青空と緑色。



……ここはどこだ(´Д`;)?

とりあえず体を起こして、周りを見渡して唖然とした。柚木さんの姿はどこにも見えないし、カイコも居なかった。俺の周りにはただただ、背の高い緑色の草が生い茂っているだけだった。

「はぁ。」
ため息しか出ない。柚木さんの壁部屋からここに来たらしいことは分かるけど……マジでここはどこだろう。
すっと澄んだ風が、頬をくすぐって、草を揺らした。平和な山鳩の遠い鳴き声が長々と聞こえた。やけに虚しさのある響きだった。

それからどうしようもなくて、しばらく途方に暮れていると向こうから誰かのやって来る音が聞こえた。緑色のまるで海みたいな背丈の高い草々が、ガサガサと掻き分けられている。

ついにその人物は現れた。小学校高学年くらいの小さな男の子で、焦げ茶色の髪の毛は長くて結ってある。しかも珍しい恰好をしている。土色の着物のようなものを着ていて、背中にはその子の体の半分ぐらいはある大きな籠を背負っていた。籠の横には大きな金色の鈴がくくり付けてあって、ちりんちりん、と可愛らしい音を立てている。
その子は俺を見ると相当びっくりした表情になった。警察でも呼ばれそうな勢いだったので、急いで身の潔白を証明する。

「えっと、あっと、その……ごめんね。お、俺別に変な人とか怪しい人とか不審者とかそういうのじゃないんだ。ただ、えっとね、その、道に迷ったっていうか何と言うか、その……」

その子はまだ信用ならない、というような表情をしていた。「町の人?」
「ま、まち?まぁそうなのかなー…」まち、とはここの村以外、ということなのだろうか。
「もしかして……南蛮人?!」眉根をキュッと寄せる。

「なんばんじん?? ああ、歴史に出てくるアレか(笑)」こちらが笑うと、安心したのかその子の表情が緩んだ。
「変な人だね。どうしてここに居るの?本当に道さ迷ったか。村の人間じゃなげげんと。……名前は?」

「高橋。高橋任史。」
「変な名前。僕は太一。八右衛門の息子、瓜谷村の太一だよ。」そう言うと太一はニコッと笑った。しっかし今のご時世、失礼だけど随分古風な名前だと思った。

それから、太一は俺に立ち上るように言った。ここはどこだか聞いたら瓜谷村と神蟲村の境だと言う。確か、瓜谷村は杏ちゃんと柚木君たちの居るところだ。

「ここからだとどっちの村の方が近いのかな。」何となく、質問する。
「うーんと……神蟲の方が近いな。僕は今行くところだけど、一緒に行く?それと、高橋は神蟲村の人なの?」
「ありがとう。ううん、別にそうじゃないんだけど、神蟲村に叔父さんが居るんだ。でも瓜谷村にも今は友達が二人居るよ。」
すると太一は目を輝かせた。「本当!? 僕、そんなこと知らなかった。誰だれ?」

「柏木杏、って人と柚木朋祐って人。あ、もしかして知ってる?年に一度しかこっちには来ないみたいなんだけど。」
太一が首を傾けた。「そんな人、僕の村には居ないよ?それに僕の村には、誰も年に一度も来ないよ?やっぱり高橋は変な人だねー。」

面白そうにそう言うと、太一は「早くはやく!」と俺の手を引いて駆け出した。
手を引かれて一瞬転びそうになったけど、どうにか姿勢を立て直した。それから、何が何だか分からないまま、太一に言われる通りに草原を二人で駆けた。