小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第二章 後編(22)
時間が経つのは早いもので、もう合宿の最終日になってしまった。
鈴木と喧嘩して、結局鈴木やほっしーにお世話になっちゃったあの晩。あの後、小久保と飯島が隣の部屋からUNOやろうぜと押しかけてきた。中距離は明日4時半から練習だというのに、なんだかんだでキッカリ12時まで遊び通してしまった。途中から佐藤先輩と張先輩まで遊びに来て、本当に騒ぎまくった夜だった。
そして今日。ついに最終日である。
日差しは相変わらずにギラギラと照っているが、湿気はそんなに無い。おまけに涼しい風も微かに吹いていて、カラッとした気持ちのいい陽気だ。
毎年の恒例として、最終日は合宿に参加した4校で合同レースをすることになっていた。集合時間になって、それぞれの宿舎から4校の生徒たちがぞくぞくと集まる。他の学校は体格のいい人ばかりで正直ビビる。
ちなみに俺の属する短距離は、リレーで競う。
一通りアップも終わり、あと10分で試合が始まる時間となった。リーダーの佐藤先輩が、銀色のバトンをひゅんひゅんと振り回しながらそわそわしている。
「みんな準備はオーケー? N工業には絶対負けないように頑張ろうね! あ、それと。合図送りは全員下の名前で呼ぶこと!いいね!!」
……合図送りとは、リレーが始まる前に1走は2走の、2走は3走の、そして最終的にアンカーは1走の名前を大声で呼んで合図を送ることで、試合の直前には絶対にやることになっている。
陸上の競技場のトラックは左回りにぐるっと一周400mのコースを走ることになっているので、1走の張先輩からスタートした合図が、左回りに、2走の佐藤先輩、3走の鈴木、そして4走の俺へと回ってくる。ちなみにこれをやらないといいタイムが出ないという伝説まであるくらいだ(笑)
「えー何だよそれ。女子みたいじゃんか。佐藤一人でやれよ。」張先輩がつかさず文句を言った。
「いいじゃん!もう、照れ屋さんなんだから~。この際みんなで女子力上げちゃおう☆的な!」
何かいいことでもあったのか、佐藤先輩はやけにテンションが高かった。それに押されてみんな反論する気が失せたのか、もう誰も何も言わなかった。
いや、待てよ。張先輩の下の名前が分からない……(゜Д゜;)!
先輩に気づかれないように、こっそりと小さい声で鈴木に聞く。
「あのさ、張先輩の下の名前って……知ってる?」
「確か“立つ”って言う字に“人”っていう字だったと思う。」
「それ、何て読むの。」
「俺も知らん。たっと とかじゃん?つーかさ、高橋って名前タケシだっけ?タニシだっけ?ごめん忘れたっぽいwww」
「……タカシです。」自分の名前忘れられるのってけっこうショックだね……orz
その時、ホイッスルの甲高い音が鳴った。試合開始の合図だ。
「よっしゃ、打倒N工業! がんばるぞー!!」佐藤先輩がN工業に聞こえんばかりに叫んだ。あーもう、もしも負けたらどうすんですか……!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そしていよいよレースが始まる。
午前の日差しに照らされた、夏の、緋色のタータンはキラキラと眩しい。
「おーーーい、たーかーしー!」
俺は3走の鈴木からの合図を、腕を振って答えた。すぐに1走の張先輩へと大声を張り上げる。
「たっと、 先ぱーい!」
すると、100m向こうの方から張先輩の豪快な笑い声が聞こえた。「バカヤロー! リーレンだ!」……なんてこった、ミスったぽい。
俺が立つ第三コーナー、すなわち4走からは、一瞬どこまでも伸びているように錯覚してしまうくらい、まっすぐと伸びた100mの線が見える。
それと、ゴールラインでストップウォッチを握りしめたほっしーの姿も。
ピィ ―――――――――――
開始の笛が鳴る。競技場はこの瞬間、まるで時を止めたかのような静寂に包まれる。気持ちのいい緊張感が、腕に、足に、全身にさっと通り抜ける。
どうしてかこの時、
ふと、小学生の頃、拓哉と走ったリレー大会を思い出した。
位置について。
よーい。
パカン
渇いた雷管の音が、響く。
1走の張先輩がスタートし、バトンはあっという間に2走、3走、そして俺へと左回りに廻ってくる。鈴木からのバトンを左手で受け止めて、100mを一気に駆け抜ける。すぐに並んだN工業には、絶対に負けない。
数十メートル、と言っても刹那の数秒間を競う。
たった数秒で終わってしまう時間なのに、なんだかとても長くて辛くて、楽しい。
ゴールラインはもうすぐそこ。
あと十メートル。N工業には勝てるだろうか?
最後の最後の1メートル。できるだけ大股にラインを越える。
僅かな差で、どうやら勝つことができたようだ。後ろからは、ほっしーの喜ぶ声。
ゴールした瞬間、1テンポ遅れて、ふっと、風が抜けていく。
左手に持ったバトンが、熱い。
“よっしゃ、任史! ラストのラストで抜かしたじゃんか!”
いつの日にか聞いた、嬉しそうな拓哉の声が、風に、空に、溶けていく。
走り終わった後の荒い呼吸を、ゆっくりと整える。蝉の鳴く声と、自分の呼吸が重なっていく。
なんとなく、青い空を見上げる。どこまでも、どこまでも青かった。空の青に、なにもかも吸い込まれていくようだった。
――――――――――――― ああ、やっとわかった。
拓哉はきっと、こんなふうに、走りたかったんだ。
~左廻り走路編、完結~

小説大会受賞作品
スポンサード リンク