小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(15)
息を切らしながら神社の本殿に着いた。途中何だかよく分からない木の枝とかにぶつかって肌がヒリヒリと痛かった。たぶん血が出ちゃったかな。
本殿の裏側には小さな木製の扉があって、そこから中に入った。柚木さんの後に続いて靴を脱いで中に上がると、キィキィ、とよく床が軋む音がした。少し外からの月明かりが差し込む以外は真っ暗で、ほぼ何にも見えなかった。
「ふぅ。」柚木さんが一息吐いた。それから、ポケットからライターを出して光をつけた。暗い本殿に、小さな明かりがぼうっ、と灯った。「……普段タバコは吸わないんだけどね。たまたま持ってて良かった。これで、あと土我があいつをやっつけてくれたら最高なんだけど。ん、どうしたのさ、そんなビビった顔しないでよ。」俺の顔をチラと見ながらそう付け加える。
「…ビビった顔も、したく、なります、よ!」乱れる呼吸を整えながら抗議すると、柚木さんが笑った。
「ははは、そりゃあそうかもしれないね。さて、どこからどの話をしようかな。」
「とりあえず、最初は時木の話をしていたんですよね。」
「ああ、そうだそうだ。それで裏口に出たばっかりにあの変なおっさんに会っちゃったんだよね。……とんだ災難だなもう。それで、」言いながら、柚木さんは携帯を出して光を付けた。なんだこっちの方が明るいな、とライターをしまってしまった。「もう隠すこともないでしょ?高橋君はきっと幽霊の杏ちゃんに会ったんだろ。その時にカイコマスターにもなった。違う?」
「そうです。すいません、嘘付いちゃって……」
「いいよ別に。そんな初対面の人にいきなり蚕の話する方が頭おかしいから。んでさ、君の蚕には妹が一人居る。名前はハツって言うんだけどね、その子も蚕の姿をしている。今はどうしてるか知らないけど、ハツの昔のパートナーは俺だった。」
そこまで話を聞いて、昔時木が言っていたことを思い出した。
“……あのさ、高橋。私、お前にこの前透明人間の話したよな。”
“―――― 私の本体は精神だ。体は無い。すなわち脳もないからね、考えることもできないし、記憶も、言語能力も皆無なんだ。多くの幽霊がそうであるように、ただ心だけでこの世に漂っていたんだ………けどね、カイコマスターのサイト見たよね?あるカイコマスターが心だけこの世に漂っていた私に脳の代わり――― つまり、私の蚕を与えてくれたんだ。人助けの一環としてね。”
じゃあ、あのとき、時木が言っていたカイコマスターは柚木さんのことだったのか…?
「じゃあ、心だけだった時木に蚕を与えたのは……柚木さんだったんですか?」
「そう。あ、じゃあそこらへんの話は杏ちゃんから聞いていたんだね。まぁそういうこと。けれどそれ以来俺と杏ちゃんは一回も会ってない。…君と違って俺は霊感もないから、実際会っていたとしても俺の目には見えなかったんだろうけど。それで、さっき高橋君が由紀子に向かって 時木?って言った時にもしかして、と思った訳さ。……あいつ元気にしてる?」
懐かしむような柚木さんの声に戸惑った。だって、時木は、もう……
「えっと、その……なんというか、もう居ません。」
「居ない?」柚木さんが囁くように聞き返した。声が擦れている。
「ええ、俺が出会ったとき、詳しくはよく分からないんですけど時木は分裂してたらしくて。いい奴と悪い奴に。それで、土我さんと例の時木の弟って奴と一緒に分裂してた時木を一人に戻したんです。まぁ、そうは言ってもほとんど土我さんの魔法みたいな力のおかげでした。」
「……そっか。」柚木さんが微妙は表情をした。哀しいような、残念なような、けれどほっとしているような。それから、少しだけ儚げに笑った。「そっか、よかったよ。じゃあきっと成仏できたんだね。よかった。」

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