小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(21)
それから随分走った。太一は年齢の割には足がとても速くて持久力も相当にあるみたいだった。けっこう付いていくのに精一杯だった。
しばらくすると、水の流れる音が聞こえてきて、周りに生えていた草がまばらになってきた。川だ。いつの間にか太一の言う“川”に着いたみたいだった。
小さな橋が架けられていて、そこを二人で渡った。一歩歩くごとにギシギシと軋む音がしてけっこう怖かった。
太一の家に着くと、中から太一と同じくらいの年齢の女の子が出てきて迎えてくれた。初め俺を一目見るなり相当ギョッとした表情になったが、太一が「お客さんだよ!」と言うとそれだけで納得したみたいだった。
太一の家にはその女の子以外には人はいなかった。土間を通って、奥に入ると薪が燃えていた。囲炉裏、ってやつだろう。始めてみた囲炉裏にちょっと感動して、やっぱタイムスリップしちゃったんだな、としみじみと思った。少しだけ、初めて時木に出会ってマンホールに落とされた時の感覚に似ている気がする(笑)
「へぇ、未来人なんだ。高橋って言うんだ。」太一から事情を聞いたその女の子が興味深げに俺の顔を覗き込みながら言った。
「そんなに言わないでよ……俺なんか恥ずかしいから。そういえば、名前は?」
「ハツ。」その子が天井から薪ギリギリまで吊るされた鍋(?)の中身を掻き混ぜながら言った。「太一の妹。妹って言っても双子だからあんまり変わんないけど。」
ハツ、という名前にどこか聞き覚えがあるなと思った。「そうなんだ。それで、ここには二人以外には誰も居ないのかな。」
「んとね、たまにお婆が来るよ。お父さんとお母さんは居ないんだ。」太一が事も何気にさらっと言った。
「あ、そうなんだ……」
「別に気にしないでね。」太一が俺の内心を見破ったように言った。「お父さんは僕らが生まれる前に神隠しに遭っちゃってね。春の山菜採りの時だったらしいんだけど。お母さんは僕らが小さいころ病気で。けど、この村の人は優しいから誰も僕らのことを変に思ったりしないし、お婆みたいに面倒を見てくれる人も居るし。だから、本当に運がいいんだ。」
「…そっか。」内心ほっとしながら相槌を打った。
「ほら食べて。」ハツがお椀に鍋の中身を分けながら手渡してきた。どうやらお粥みたいなものらしかった。
「ありがとう。」お礼を言って、一口食べてみて、思わずむせ返りそうになった。失礼だが半端なく不味い。。。
「そだ、カイは元気だった?」ハツが不味いお粥をおいしそうに食べながら太一に聞いた。
「ううん、あんまり元気じゃないみたい。今日はカイのお母さんに家の前で追い出されちゃったしねー。ああ、もう早く元気にならないかな、早く会いたいや。」
「その子、病気なの?」俺が聞くと、二人ともうーん、と考え込んだ。
「多分そうなんだけど。そうじゃないといいなぁ。」太一が寂しそうに言った。「それでね、僕たち明日町に行ってみようと思うんだ。町には薬屋さんがあってね。よく効く薬を買ってきてあげようと思うの。」
それから、しばらくハツの俺に対する質問攻撃が始まった。未来ってどんなところなの?何を食べてるの?変な髪型ね?それにみんなそんな変な名前なの?それと…… あんまりにも永遠に続く質問に、少し疲れててきたところで自分が今着ているジャージのポケットの中に杏ちゃんから新幹線の中でもらったお菓子が入っていたのに気が付いた。
ちょうど二個、オレンジ味とりんご味の飴玉だったので二人にあげると、めちゃくちゃ喜んでくれて、お陰で質問攻撃も止んだ。
二人は飴で相当気分が良くなったらしく、そのまま布団を敷いて寝てしまった。こっちもそちらの方が都合がよいのでそのまま寝ることにした。
翌朝。
二人はまだ日が昇り切らないうちに起きた。俺はと言うと太一が寝ぼけながらみぞおちに肘鉄を食らわせてくれたので気持ちのいいくらいにスッキリと目覚めた。
「高橋も一緒に町に行く?ああ、でもその変な恰好どうにかしなきゃね……」太一が眠そうに俺を見ながら言った。確かに、背中に“陸上競技部”と派手に書いてあるこのジャージを着て江戸時代の町中を闊歩する自信は無い。
妥協案として、ハツが父親の着ていたという着物を着せてくれた。本当にお父さんが来てくれたみたい、とハツは嬉しそうに笑った。なんだか照れ臭かった。
そして準備も整い、家の戸を開けて外に出ると、霧が出ていた。有り得ないくらいに濃密な霧で、少し先も真っ白で何も見えない。うっわ、すげぇ、と驚く俺を、二人は「未来はきっと霧が出ないんだね。」と可笑しそうに笑うのだった。

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