小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第二章 鎌倉編(10)
ピロリリリリリリリリ ピロリリリリリリリリリリリリ
「………あ、」
我ながら猛烈にバッドタイミング。いや、ナイスタイミングと言うべきなのか。
携帯電話がこのタイミングで鳴ってしまった。普段滅多にかかってくることなんか無いのにね。
さすがの悪時木もびびったのか首を絞めていた腕をほどいて、唖然とした顔でこちらを振り返ってきた。そのはずみなのか、俺にかかっていた金縛りも解けて、急に身体が自由になった。
「テメェ…………今度こそぶっ殺す……!」
鈴木が俺に向かって弾けるように飛びかかってきたが、俺もやられるままにはいかない。足元のビール缶の山を蹴っ飛ばして鈴木の行く手を阻む。
四方八方に飛び散る缶のたてる乾いた音の中で、時木の声が頭のどこかからそっと響いてきた。『金縛りの暗示にかかるなよ、私もできるだけ手伝うから!』
怯んだ鈴木の虚をついて、胸ぐらに掴みかかった。押し倒すようにして居間の壁に押し付ける。ダン、と大きい音と連動してボロアパートの各所で柱の軋む音がしたようだった。
一瞬、頭痛とめまいがしたが踏ん張った。もう暗示にはかかるまい。
「高橋……、アンタなんのつもりだ!! アンタに関係ないことでしょ!?」 悪時木がヒステリックな声で俺を睨む。睨んだとたんに、また焼けるような頭痛がした。
「関係大アリだ!お前は鈴木を人殺しにしてもいいのかよ!」
「………アンタなんかに、アンタなんかに、あたしたち姉弟が分かる訳がないだろ!? この男さえ居なければあたしも国由もこんな思いをせずに済んだの!」
「でも、お前と鈴木はその男が居なければこの世に居なかったんだろ!」
「うるさい!」 瞳を赤く燃やしながら悪時木が叫んだ。
「父親を殺して、弟を汚して、自分からお前は自分を悪霊へと追い込もうとしてるんだよ!頭冷やせ!正気になれよ!」
……頭痛はだんだんとひどくなってきている。どうやら悪時木は本気で俺に暗示をかけ続けているらしい。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
私は十二分に正気だよ。このまま死ぬこともできず、生きることもできずにこの男に対する恨みを抱えてこの世の終わりまで彷徨えっていうの?だったら、この手で殺してしまった方が楽じゃない、恨む相手が死人なら楽じゃない!」「殺して、私と同じようにしてやるのよ!!」 悪時木は俺に、噛みつくようにそう叫んだ。
「だから、頭冷やせって言ってるだろ!?親なら絶対に恨めない思い出があるはずだから!俺の中にいる時木と混じれば記憶は全て元に戻るはずだから!」頭痛は、もう痛みを超えて耐えがたい熱となって意識を蝕んでいく。
「時木、どうにかしろっ……!」
頭痛と暗示を跳ね返すように、俺は鈴木の中に居る悪時木に暗示をかけ返す。
出ろ、出ろ、出ろ、出ろ、出ろ、出てこい、出てこい…………こちらが強く暗示をかけると、頭痛もそれに比例して強くなっていく。頭が割れそうなのを我慢して暗示をかけ続けていると、突然、鈴木の貌が苦痛に歪んだ。すると鈴木の強張っていた体から徐々に力が抜けていき、そのまま手を放すと鈴木は壁に背をもたれたまま、ずるずるとその場にへたり込んでいった。
こちらも、焼けるような頭痛で、意識が朦朧としてきた。
耐えられなくなって、鈴木の横に座り込むと貧血の時のように目の前が真っ暗になった。何が何だか分からなくなって、急に眠くなる。
………時木がいない。
心の中で時木をいくら呼んでも応じる声が聞こえない。どうやら、時木はいつの間にか俺の中から抜け出して行ったらしい。
それを最後に、俺の意識はしばらく途絶えた。

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