小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第二章 後編(15)
「…おぇ……気持ち悪い………」
昼。
ついに食い物にあたってしまった。多分昼飯のメロンだ。
気温は30℃超えなのに、ぞくぞくと寒気がする。
「高橋、だいじょうぶ?」近くにいるはずのほっしーの声が、なぜか遠くから聞こえる。
「………メロン。」
「メロン? メロンがどうしたのさ?」
「俺、メロン食うと腰が痛くなって寒気がするんだ……昔から。」
「じゃあなんで食べたんだよ! もー、高橋は午後練出ちゃダメだかんね。俺が帰ってくるまでここで寝てること!!いいね!」
ほっしーは、そう言い放つと部屋からバタンと出て行ってしまった。
おぇ……食うんじゃなかった……… 頭痛もしてきた。これは相当マズい。メロンアレルギーってあるのかな………
それから、あまりのだるさに俺の意識はぷっつりと途絶えた。
◇
さく、さく、さく。
さく、さく、さく。
緑の香りが、足元から立ち込める。
夏の日差しをじりじりと首筋に感じながら、手元には額からの汗が無尽蔵に滴る。鎌の先も、だんだんと緑色に染まっていく。
さく、さく、さく。
さく、さく、さく。
もうどれだけこうしていたのだろう。
気が付けば、陽はだいぶ傾いて、ひぐらしの悲しげな鳴き声が、永遠とこだましている。
さく、さく、さく。
さく、さく、さく。
もう、どれだけ繰り返せばいいのだろう?
◇
「……ん、」
目が覚めると、もう3時を回っていた。そろそろほっしーや鈴木も帰ってくる頃だろうか。
だいぶ体のだるさは取れたが、まだ少し頭が痛い。うーん、どうしたもんかね。
体を起こして、気分転換に部屋の換気でもしようかと思ったら、窓際のカーテンにカイコがいた。
「あ、高橋。起きたんだね。」カイコがのっそりと動いた。
「うん、だいぶ楽になった。っていうかカイコ、なんだか久しぶりじゃない?ずっと繭に籠ってたみたいだけど。」
「久しぶり、たって昨日の朝は普通に顔合わせたでしょwww」
「……あ、そうだっけ。ところでさ、カイコって繭の中でいっつも何してんの?」
するとカイコは一呼吸置いた。「えっとね………糸をつくってる。」
「糸? 絹糸ってやつ?じゃあ、いっつもカイコ、夜は繭の中に入ってるけどさ、夜中ずっと糸つくってるわけ?」
「うん。最近ちょっと頑張ってるからね。いっつも眠いんだよねぇー」
「ほう。でも糸なんか作ってどうすんの。」
「さぁね。僕も知らないや。」カイコが、照れたように笑った。「前に言ったよね?僕が昔、契約して虫の姿になったって。僕はね、作らなきゃいけないんだ、糸を。許してもらえるまで。」
「………許してもらえるまで?」
カイコは、俺の質問を無視して話を続けた。「あのさ、高橋。小説ってあるでしょ?僕も昔、よく頭の中で物語を作って妹とかに聞かせてたんだけど……糸を作るのって、アレとどうも似てるんだよね。
糸にもそれぞれ性格があるんだ。楽しい気持ちで紡いだ糸、悲しい気持ちで紡いだ糸……、いろいろあるけど、気持ちだけで随分と糸の性質が左右されるの。今まで自分が作ってきた糸をさ、たまに眺めるとけっこう面白いんだよね。ああ、あの時は辛かったな、苦しかったな、嬉しかったな、っていうのが今までの糸の感じから分かるんだ。そうだな、まるで日記帳!って感じかな。」
「……よく分からないけど……大変そうだね。お疲れ様。」カイコが、最近眠そうにしていたのにはそういう理由があったのか。
「ん、ありがとう。なんかやる気が出てきた! じゃ、またね。」そう言うと、カイコは再び繭の中に入っていった。
「許してもらえるまで……か。」
何を許してもらえるまでなんだろう。カイコは、昔、一体何をしてしまったのだろう。
自分でもよく分からないのだが、あのセリフを言った時のカイコが、この前、公民館の屋上で会った拓哉のお母さんと重なった。
今、思い出すと、拓哉のお母さんは拓哉に許してもらいたかったんだろうか。ごはんを作ってあげなかった、勉強も教えてあげなかった、母親らしいことを何一つとしてしてあげられなかった………そう、俺にこぼしていた姿が、何故かさっきのカイコとどこか似ていた気がしてしょうがないのだ。
拓哉、か。
ここ数日、頻繁に拓哉のことを思い出す。ふとした瞬間に、何年も前のことが脳裏によぎったりする。でもそれに対して、何の感情も湧いてこないのだ。懐かしい、という感じもしないし、悲しい、という感じもしない。特に何も感じられないのだ。
「はぁ……」 静かな部屋に、自分のため息が聞こえる。
最近、意識していないと人前でため息をしてしまいそうになる。誰も居ない間、今の内にしておくかな(笑)

小説大会受賞作品
スポンサード リンク