小説カイコ       ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作



第二章 後編(6)



駅に着いて、夏の日差しに照らされた商店街をチャリで走ること数分。俺は小学校を目指していた。

我島岡市立我島岡小学校。


どこにでもある普通の地方公立の学校だ。ちょっと違うところがあると言えば、公民館と隣接していることくらいだろうか。校門をくぐると、蝉が煩いくらいに鳴いていた。
目的は拓哉に会うことだったはずだが、なんだかすっかり冷めてしまった。みんながみんな幽霊になるわけじゃないし、特にあの拓哉がこの世に執着があるようには思えないし。

でも、なんとなくこのまま家に帰る気もしないのだ。

あてもなく校内をぶらぶらと歩いていると、グラウンドの方から子どもの声が聞こえてきた。
グラウンドに行ってみると、地元の少年サッカーチームが黄色いユニフォーム姿で練習をしていた。監督と思われる若い男の人が大声で号令を出しながら、ダッシュ練習をさせている。
小学3年生の低学年までが入れるサッカーチーム。俺は喘息持ちだったから入れなかったが、確か拓哉は入っていた。その甲斐あってか、拓哉は足が速くて学級対抗リレーの選手には毎年選ばれていた。

なんとなく、サッカーの練習が見ていたくなったので、公民館の屋上まで上がることにした。普段なら絶対こんなことしないのにね。……鈴木の言うとおり、俺は少しやばいのかもしれないな(笑)

公民館の屋上に着くと、風が強く吹いていて、思ったよりは暑くなかった。その風に吹かれて、一人、白い服を着た女の人がグラウンドを見下ろして立っていた。てっきり先客は居ないものだと思っていたので少しびっくりした。

「あ、任史くん?」
振り向いた女の人は見た目30代後半で、目の下に濃いクマがあった。……拓哉の、お母さんだ。

「……こんにちは。」
「この前はお葬式に来てくれてありがとうね。」いきなり、こちらが一番避けたかった話題を振られた。「小さいお葬式だったから……きっと拓哉も任史くんが来てくれて嬉しかったと思う。」

「そうですか。」
昔から、俺はこの人が好きになれなかった。なんとなく人を見下している感じがあるというか、偉そうというか。

「じゃあ、俺はこれで。」 これ以上、この人とは同じ空間に居たくなかった。
「ちょっと、ちょっと待ってよ!」階段を降りようとした俺を、拓哉のお母さんの甲高い声が止めた。「任史くんはどうしてここに来たの?」

「特に意味は無いです。ただ何となくサッカーの練習が見たくなったから、それだけです。」
「じゃあ、どうして小学校に来たの?」

「別に、」だんだん、繰り返される質問に腹が立ってきた。「どうだっていいじゃないですか。じゃあ、なんで拓哉のお母さんはここに居るんですか。……お互いの事情なんて関係ないんだから、もう探るのは止めてください。」

すると、拓哉のお母さんは急になだめるような優しい声になった。
「あたしは、拓哉に会いに来たのよ。ここなら会えるんじゃないかと思ってね。きっと任史くんもそうなんでしょう?」

「別に、そんなんじゃ…」
「隠さなくてもいいのよ。私には分かるんだから。」長い茶色の髪の毛をクルクルといじりながら話し続けた。「それとさ、任史くん、私のこと嫌いだよね?」

いい加減、この人はこれでも大人なのだろうか。
「ええ、嫌いですよ。その偉そうな態度も大人げないしつこさもね! 拓哉もよくあなたの愚痴をこぼしていましたよ!」


「私も、任史くんのこと大っ嫌い。」
「な……」

拓哉のお母さんはハイヒールの音をコツコツと、鳴らしながら屋上をぐるりと歩き始めた。「拓哉ね~、あの日、任史くんが病院に来てくれたでしょ? それで、任史くんが看護婦さんと言い争ってる時、一瞬だけど意識を戻したのよ。きっと任史くんのバカでかい声で起きちゃったのね。」

歩みを止めて、拓哉のお母さんは空を見上げた。「そしたらね、拓哉ったら私の顔見て、任史、任史、って呼ぶのよ。そりゃ任史くんの声がしたんだから私のことを任史くんだって思ってもしょうがないだろうけど。………あの子、私がどんなに呼びかけても起きなかったクセに、任史くんの声じゃすぐに起きたのよ? 私、悔しくて悲しくて。耐えられなくなっちゃって、病室から飛び出してしまった。」

拓哉のお母さんは自嘲っぽくアハハハハ、と笑った。「まぁ、拓哉は飛び出して行った私を見て、任史くんに逃げられたと思ったでしょうね。結局、あの子は一人で死んだのよ。親友に裏切られたと思ってね。まったく、いい気味だわ。」



ガシャン


本当に、腹が立った。この人は、一体どこまで自分勝手なのだろう。


気が付くと、俺は拓哉のお母さんの襟首を掴んで、屋上のフェンスに押し付けていた。フェンスの擦れる金属音がガシャガシャと響いた。

「殺してよ。」拓哉のお母さんはふざけた笑い顔のまま言った。「突き落とすなり、首絞めるなり。好きにしていいからさ。」