小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(10)
そして来る山形。予想以上に山だらけだった。
「ふぅ…やっと瓜谷か……」
山形駅に着いた時には既に傾き始めていた陽が、やっと瓜谷に着いた今では、更に傾いて、オレンジ色の柔らかな光を放っていた。
駅のホームを下りると、ほぼ無人のロータリーに白いワゴン車が一台泊まっていた。
「おーい、任史ぃ。」ワゴン車の窓から、数年ぶりに会う衣田さんの笑い皺の多い顔が覗いた。
「あの人が衣田さん?」杏ちゃんが小さい声で聞いた。「じゃ、ここで一旦お別れだね。私たち二人とも明日のお祭り行くから、そこで会えると思う!」
二人にお別れを言い、衣田さんの運転するワゴン車に乗せてもらった。
「いやー、遠いとこんからはるばる申し訳ないねぇ。そういや任史もういくつだっけが。」
「16才です。高1。」
「へぇ、高1!」衣田さんが大きなあくびをしながら言った。「さっきのお友達もか?」
「ええ。あ、そういえば俺の隣に居た男子、柚木くんっていうんですけど。お兄さんの名前が柚木達矢さんなんですよ。」
「お、由紀子の旦那かぁ!そういやあ、似てたかもな。」バックミラーに映る目尻が、幸せそうな横皺を作っていた。「ごめんなぁ、由紀子が結婚しちまうからよ、任史に迷惑かけちゃってよ。」
「いやいや、俺どうせ暇人なんでむしろありがたいです(笑) それにしばらくこっちに来てなかったし。」
ワゴン車はいつのまにか、舗装されたコンクリートの道路を過ぎて、小刻みにガタガタと揺れる山道に入っていた。
「でも俺なんかでよかったんですか。さっき居た女の子から聞いたんですけど、蟲神神社のお祭りってかなり歴史が長いんじゃ……」
「ああ、それなら。」衣田さんが笑いながら答えた。「別にいいんだよ。第一、明治で暦が変わったべ。そんときから、古い歴史は終わって、新しい歴史が始まったんよ。」
「新しい歴史?」ふと、窓の外を見ると、紅葉で真っ赤に染まった山が、夕日の光を受けて、もっと赤く見えた。
「そうだな……任史、今十月だろ、お前十月の異名は分かるか。」
「異名?神無月ってことですか。」一体それが、“新しい歴史”に何が関係あるのだろうと思った。
「正解。じゃあなんで神無月と言うのかは知ってるよな?日本全国の八百万(ヤオヨロズ)の神々、すなわち日本の神様全員が十月には出雲(イズモ)の国に集まる。だから出雲以外の地では神が居なくなる。よってこの季節のことを神無しの月、神無月と言う。
当然、この事実に乗っ取れば蟲神神社の神様も今頃は出雲、まぁ島根県に居るはずだ。ここまで言えば分かったかな?」
「えっと、」紅葉の赤から目を離して、衣田さんの後頭部に話しかけた。「神様の居ない神無月に、お祭りをやるのは……変、ってことですか?」
すると、衣田さんはうーん、と唸った。「変、とは違うぞ。だから言ったろ?新しい時代なんだ、新しい歴史なんだ。……昔からの神無月、って考えじゃ神様は居なくなっちまう。でも十月と考えればちゃあんと神様はそこに居るわけだ。分かるかな、神様の有無っていうのは俺たち人間が決める事なんだ。例えばだ、古代の人間があるがままの自然を見て、畏敬の念を感じた、そこに神の存在を思った。けれどそれは人間が居なかったら神様も居なかったということだ。……ほら、そういうことなんだ。」
「はぁ。」正直、話が難しい。「でも俺驚きました。神主さんがそんなこと言うなんて。」
「ははは、俺は不謹慎者なんだ。」衣田さんが豪快に笑った。「まぁ、これも新しい歴史ってことよ。」

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