小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第二章 後編(11)
自習室に一人、ひよ子と一緒に残されてしまった。
「輪廻…ねぇ。」
そういえば何で土我さんと会うことになったんだっけ……あ、ぐるぐるの話でか。きっとカイコは輪廻での魂の循環のことをぐるぐる回る車輪のように捉えたんだろう。うーん、でも、あの拓哉がそういうことを言いたかったとは考えづらいなぁ……
に、しても。土我さんにまで心配されてしまった。そんなに俺はやばそうに見えるのだろうか。確かに、精神的にくるようなことはあったけれど、みんなが心配してるぐらいには俺は病んでない。ちょっと自分でも信じられない話だけど、あんまり悲しいとか、苦しいとか、そういう感情が生まれないのだ。案外、俺は自分で思っている以上に冷たい人間なのかもしれないな。
「はぁ……」
溜め息をついて、右手の鶴を眺めた。この鶴一体どうしよう。。。
それから、ひよ子の紙袋を片手に、家に帰るともう夕飯ができていた。誰かが食べてくれるだろうから、ひよ子をリビングに置いて、部屋に戻った。そろそろ勉強始めないとやばいしね……
と、古典文法のテキストを広げた矢先に、いきなり部屋のドアが開いて弟の大季が入ってきた。
「おい、任史!」部活の恰好のまま、勝手に人の部屋に入ってきた。
「なんだよ勝手に入んな…」
すると大季は俺の机をバンッ、と叩いた。
「俺の、俺の部屋に、変な芋虫がいるんですけど! あれ絶対この前お前が連れてきたやつだよ!!」
「……は?」
「だから白い芋虫だよ! この前任史の肩に乗ってたやつだよ!!」
やば、カイコのことか。そういや筆箱にいたはずなのに居ないな……
「ちょ、お前まさか潰してないだろうな。」
「あんなん潰すかよ! べちゃってなったら余計キモイじゃんか。何でもいいから早くどうにかしてよ。」
大季の部屋に行くと、成程、ハンガーに掛けてあった大季の中学のブレザーに、カイコがくっついていた。確かに最初、俺も制服にカイコがいた時は相当びびったし……大季がこんなに騒ぐのも無理ないか。
「ああ、ほんとだ。ごめん。」カイコをブレザーから剥がして、大季の部屋を後にした。後ろから それもしかして飼ってんの!?任史キモッ! とか聞こえてくるが、気にしないことにしよう。
ドアを閉めて、一息つくと、カイコが申し訳なさそうに話し始めた。
「ごめんね高橋……僕ったら、また蛾になりそうになっちゃって………ちょっと外の空気を吸いに行こうかと思ったら、ここの窓は閉まってたし、しょうがなく弟さんの部屋に行ったんだけど……見つかっちゃった………」
かなりカイコの元気が無さそうだ。「ああ、そうだったのか。ごめん、これからは窓開けとくよ。」
「ううん……気にしないで。」
そういうと、カイコは空中から現れた繭の中に入って行ってしまった。
ちょっと前も、カイコが蛾になりそうになっていた。なんだろう……具合が悪いのかな。そもそも、どうしてカイコは蚕なんだろうか??
「…ねぇ、カイコ、」
繭に向かって話しかけると、うん? と答えるくぐもった声が、繭の中から聞こえた。
「やっぱり、わからなかった。拓哉のぐるぐるについて。」
「そっか。でもどうだった?少しは参考になったでしょ?」
「う……ん、まぁね。それでさ、話が変わるんだけど、俺明日の午後から4日間合宿なんだ。で、どうする?カイコ最近体調悪そうだしさ……一緒に来る?やめとく?」
しばらく間が開いた。カイコはどうするか考えているらしい。
会話が途切れると、隣の部屋から大季が流している何だかよく分からないロックの歌詞がはっきりと聞こえてきた。さっきからOh! Death!!Dark!! とかしか歌ってないような気がするな……あいつどんだけ変なグループの曲聞いてんだ……
「えっとね、高橋、」カイコが繭から顔だけちょこっと覗かせた。
すると、 Wow, wonderfull tonight!! と隣からスピーカー越しに絶叫する声が聞こえた。……こっちが恥ずかしくなるから止めて欲しい。
カイコはその絶叫にちょっとびっくりしてから、言葉を続けた。
「一緒に行くに決まってんでしょ?」

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