小説カイコ       ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作



第一章 ふりだし編(18)



                 ◇

「ちょっと高橋君、これ持ってて。」

柚木さんはそう言うと持っていた携帯電話を渡してきた。するとすぐ後ろにあった黄土色の古そうな戸棚の中を探り始めた。どうやら俺の役目はその間、携帯の光で照らせということらしい。

「あったあった、」柚木さんが戸棚の中に肩まで突っ込んでいる。埃に咳き込みながら戸棚から出てくると、右手にはドライバが握られていた。茶色く錆びていて、あまりドライバとしては使えそうにない。

「まだ携帯持っててね……そうだな、ここらへん照らして。ちゃんとね。」
言われた通りに戸棚から少し離れたところの床を照らすと、あろうことか柚木さんは大胆にも右手に持ったドライバで床板を掘り始めた。ドライバの先端は、ギギギギ…と低い擦れるような音を出しながら木の床を削っていく。

「うわっ、何やってんすか。」ひょうひょうとした様子で床を掘る柚木さんの横顔には妙な真剣さがあった。
「壁部屋。」床から目を離さずに、答える。「壁部屋掘ってるんだよ。土我が掘ってるとこ見たこと無い?まぁ俺のはあんまり上手くいかない方が多いけど……もしかしたら俺たち自力で元の世界に帰らなきゃかもだから。」
「ど、どういうことですか?元の世界って……」
「さっきあのおっさんも言ってただろ。ここは俺たちが居る場所じゃない。ここには俺たちとおっさんと、土我しかいない。そういうこと。」


……??
よく柚木さんの言っていることが分からないが、あまりにも真剣そうなのでもう質問するのはやめることにした。

しばらくガリガリと、ドライバが床を削る音が聞こえた。木製の床は堅いらしく、しかもドライバはすっかり錆びているのでとても大袈裟な音が出る。
その時、耳元でポンっという音がした。もしかしてと自分の肩に目を落とすとカイコが乗っていた。

「あ、カイコ。そういえばさっき土我さんがね、」
「逃げて!!」カイコが遮るように叫んだ。「今あのおっさんがこっちに来てる!今土我が一生懸命追いかけてくれてるけど到底間に合いそうにないんだ!!」

その時、急に建物の外が騒がしくなった。蜂の大群でも来ているようなブンブンという唸り声のような低い音が聞こえてくる。それにその音はだんだんと大きくなっている。

「はは、やっぱ壁部屋掘っといて正解だったかもね。」柚木さんが落ち着いた声で言った。「あとちょっとだから。」
「壁部屋掘れるの!?」カイコが大きな声で柚木さんに話しかけた。「急いで!本当にすぐ来るから!」

するとカイコが言い終わるか言い終わらないかの内に、背後の扉が軋みだした。よく見ると、信じらないくらい沢山の小さな黒い羽虫が扉と床の間の隙間からゾロゾロと湧いていた。

「ぎょ、何あれ。」いくつかの羽虫たちは、こちらに飛んできて俺たちの周りで煩く飛んでいる。
「はやく!!」カイコが再び叫んだ。「あの虫一匹一匹が全部あのおっさんの化けの姿なの、だからはやく!!」

その間にも、室内に入ってくる虫の数は増えているようだった。気が付けば周りには虫だらけになっている。それに、虫たちは飛びながら一点に集まり、丸い塊を作り出した。俺の立っている位置から数メートル向こうに集まったそのその塊りは、だんだんと大きくなっていき、気のせいかも知れないけど人型に近い形になっているようだった。

「できた!」柚木さんが目の前の虫を払いながら言った。「でもどうしようか。これでどこに行けばちゃんと帰れるのかな……」

その時だった。虫の塊が突然、光り出したのだ。一瞬で、まるで燃えるように不気味な青色に光り輝く。その焼けるような閃光に思わず目をつぶった。
それから恐る恐るまぶたを開けると、光は消えていて、そこにはあの青服のおっさんが立っていた。全身が泡立つように、震える。

    


   「見ぃーつ、けたー」


少しだけ得意げに嗤うと、早足になって俺たちの方へ歩いてくる。柚木さんが持っていたドライバを投げつけたが、それを避けもせずにまともに顔にくらう。それでも構わず、青服はこちらへやってくる。

すると突然、バーンと音がして青服が横に吹き飛んだ。信じられないことだが後ろの扉がそれごと壁から外れて、青服目がけて飛んできたようだった。驚いて後ろを振り返ると、そこにはまるで大木のような巨大な蛇が居た。しかもその隣には土我さんが息を切らしながら立っていて、俺たちを見つけると、こちらへ走ってきた。


「急げ、壁部屋を使え、どこでもいい、思いついた場所に行くんだ!」

息も途切れ途切れにそう言うと、その瞬間、向こう側で倒れていた青服が立ち上がった。この世のものとは思えない恐ろしい形相になると、俺たちの方へ再度歩いてきた。

「急げ!」土我さんが無理やりに俺と柚木さんを壁部屋へと突き飛ばした。突き飛ばされて、壁部屋に一歩足を踏み入れると、急にあたりが暗くなっていった。……時木の時と同じだ、呼吸が苦しい。



「土我さん!」
だんだんと暗くなっていく視界の中で、最後に見た土我さんは、今までで見たことの無い表情をしていた。