小説カイコ       ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作



第一章 左廻り走路編(8)



翌朝。

目が覚めると6時だった。昨日の疲れが出たのか、いつもより30分遅く起きてしまった。あーあ、こりゃ朝練出れないな。

「なっ……」

危ない。うっかり潰すところだった。
なぜか枕の上にカイコがいた。いつもは繭の中に入って寝ているくせに、今日は繭なしである。

「おい、カイコ!危なかったじゃないか。もうちょっとで潰すところ……」
「高橋、ちょっと話しかけないでくれる?」……カイコの声がいつもよりだいぶ低い。

どうしたんだろう。カイコに何があったのか。
しばらく俺もカイコも黙ったままだった。外は雨が降っているようで、雨戸越しに雨粒が砕ける音がザアザアと響いてくる。朝から雨かよ。。。うーん、今日は駅まで車で送ってもらうしかないかな……

そんなことを考えていると、ふいにカイコが話しかけてきた。

「……はああ~。やばかった」
「やばかったって?」

するとカイコの体が一瞬、金色に光った。
「今、僕ね、うっかり蛾になりそうだったんだよ………」
「えっ、ガって蛾?」 そういや蚕って蛾の一種だったね。
「うん……まあ僕は蛾になっちゃいけないっていう契約なんだけどね。たまに僕、蛾になりそうになっちゃうの。」

「はあ……契約って?」
「えっとね……確か弘化4年、丁未の年に契約したやつ。守らないと即死だからね。恐ろしいよ。」
「弘化って、江戸時代だよな。そういやカイコさ、この前実は164歳とか言ってたけど、あれ冗談じゃなの?マジなの?……あと、土我さんと60年ぶりだね、とか言ってたけど。あれもどういうこと?」

するとカイコはふぅ、とため息をついた。「もう6時だけど。学校大丈夫なの?遅刻はやだよ。」
「ああ、雨降ってるし、朝練出ないから大丈夫。」
「そっか。」

ザアザアと雨戸を叩く雨の音はだんだん強くなってきているようだった。隣の部屋から、弟の目覚まし時計が鳴る音が聞こえてきた。しかし、すぐに目覚ましの音は止まり、弟は再び眠りについたようだった。………さては、あいつも朝練を休むつもりだな。

「高橋の弟さん、また寝たの?」カイコが伺うように聞いた。
「そうみたい。あいつ滅多な事じゃ起きないから。普通に喋っていいよ。」

カイコはよいしょっと座りなおした。深呼吸を一回するような仕草を見せて、ゆっくりと喋り始めた。
「えっとね、僕が164歳っていうのは本当。で、僕と土我が知り合ったのは犬養首相暗殺の翌年だったかな。学校で習ったでしょ?」

……ハンパねぇな。
「土我さんって、本当はいくつなの?見た目20代前半だけど。」
「うーん。僕もちゃんと聞いたことないから分からないけど、土我は確か平安以前の人間だよ。まあ、1000歳以上はいってると思うけど。」

「1000歳以上!? 俺はそんな人にあんな慣れ慣れしい口を……」
「高橋は飲み込みが早いね。もうちょっと驚きまくるかと思ったよ(笑)」

そりゃもう、時木の件で慣れましたからwww

「で、契約っていうのは?」 だんだん、カイコのトンデモ話に興味が湧いてきた。

すると、カイコはしばらくうーん、と唸った。
「ああー、ごめんね。これは喋れないんだ。さもないと僕、人間に戻っちゃうから。多分すごいおじいちゃんなんだろうなwww」
「へぇ……っていうかカイコって元は人間だったの!?」
「当たり前でしょ。ただの虫が喋ってたら気持ち悪いよ。あーあ、どうせだったら虫は虫でも、アゲハ蝶とか綺麗な虫が良かったよ……」

そういや、なんで蚕なんだろう。蚕って江戸時代じゃ養蚕に使われるぐらいだよな……いや、現代でも養蚕で使われてるだけか。


「もう質問は終わり? ほら、早くしないと本当に学校に遅れちゃうよ?」

カイコはそう言うと、空中から突然現れた繭の中に入っていった。