小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(13)
青服が喋り終わるのよりも先に、柚木さんが動いた。
右手に持っていた懐中電灯を青服に投げつけ、まだ懐中電灯が空中にあるうちに戸口に立て掛けてあった箒を左手で掴んだ。
次の瞬間、右手が空を切る。
まるで本当に空気を切るような速度で右手を横に一文字に振るうと、そこには緑色に輝く、光の壁ができていた。真っ暗な周りの風景から浮き立つように、その壁は光っていた。
それ越しに、青服の笑い声が聞こえた。「あはは、なかなかやるじゃあないかぁ!」
柚木さんはその声には全く反応せず、箒の柄を逆手に持って、勢いよく地面に突き立てた。すると背を向けたまま、俺に何か話しかけてきた。
「いつまで持つか自信が無い、土我呼んで。」
「へ?」
柚木さんの口から土我さんの名前が出たのに驚いたのと同時に、耳元からカイコの声が聞こえた。どうやらいつの間にか俺の肩に乗っかっていたらしい。「今呼んだよ。ちょっと場所が分かんないらしいから一旦僕は消えるね。」
すると、空中に白い繭が突然現れ、カイコはその中へと消えて行った。
柚木さんがカイコの声に少しびっくりして振り向いた。が、さっきまで居たカイコの姿を見つけるとすぐに笑顔になった。「おっけ。やっぱり高橋君もカイコマスターだったんだね。」
「え、ええと…その、」
「もごもご言ってないで手伝ってよ。」そう柚木さんは言いながら俺の腕を引いた。「衣田の血を引く人間なら俺よりも強力なのを作れるはずだろ。ほら、こんな話してる間にもあのおっさん、頑張ってる。」
ふと緑色に光る目の前の壁に視線を移すと、うっすらと壁越しにあの青服の姿が見えた。じっと突っ立って、何かを呟くように口を小さく小刻みに動かしている。
「どうやら結界を破ろうとしているみたいだね…多分、呪文かなんかだろうね。俺にはよく分からないけど。」
何が何だか、起こっていることが全く分からない。「け、けっかい? 一体どういうことなんですか…。」
すると柚木さんが小馬鹿にするようにフッ、と鼻で笑った。「理解が遅いな全く。あの青服は人じゃない。鬼だか何だか知らないけど。」流し目に俺を見ながら、柚木さんの横顔は少し笑っていた。「それに狙いは君みたいだ。自分の身くらいしっかり自分で守ろうね(笑)」
呆気に取られる俺をお構いなしに、柚木さんは地面に突き立っている箒の中程くらいを俺に持たせた。「っということで、餌食にはなりたく無いだろ? だったら念じるんだ。全ての物事は思い込みから成り立ってる。この結界が完璧なものだと念じてね、自分自身にそれを信じさせればいい。信じれば信じるほど結界は強固なものになる。理屈で考えちゃあいけない、そういうものなんだ。」
「は、はい……」
何が何だかよく分からなかったが、とにかく言われた通りにした。すると緑色だった光は鮮やかなオレンジ色となり、もう青服の姿も見えなくなった。
「いいぞ、やるねぇ。」後ろで、柚木さんが感心したように呟いた。
すると、それも束の間だった。急に物凄い轟音が鳴り響いて、足元の地面がぱっくりと割れた。急いで飛び退くと、俺がさっきまで握っていた箒は地面の割れ目に吸い込まれていき、気が付けば俺たちと青服を隔てていた光り輝く壁は消えていた。
青服はにまーっと口角を釣り上げて笑った。「人の子にしてはすごかったけど、二流だったかなぁ。アンタは邪魔だなあ、ちょっと固まっててもらおうかな。」
そう言い終わるか終らないかの内に、青服は柚木さんの方を指差し、少しだけ何かを唱えた。「金縛りだよ、ごめんねぇ。」
すると今まで一歩も動かなかった青服が、一歩、また一歩と俺たちの方へ近寄ってきた。その動きはとてもゆっくりなように見えた。怖くなって、後ろへ下がろうと思ったが足が凍ったように動かない。
ついに、俺と青服の間の距離は二メートルも無いくらいまで縮まった。生暖かい風が吹いて、青服の長い白髪を揺らした。
それから、冷えた汗が、首筋を伝った。

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