小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第二章 後編(12)
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「いってきます」
今は朝の4時過ぎ。いってきます、だなんて言っても、誰も起きていないんだけどね。
「高橋、随分大きい荷物だね。大丈夫なの?」カイコがキャリーバッグの取っ手にちょこんと乗っかった。
「うん、4日間も合宿だからね。」
まだ陽も出ていない。どうしてこんな朝早くから大荷物で歩いているかというと、俺は今日から合宿なのだ。
さすがにキャリーバッグは自転車に入らないので、徒歩で駅に向かっている。たぶん5時半ごろには着けると思う。
あーあ、鈴木とか小久保はまだ寝てるんだろうなあ。。。遠距離通学の悲しいところだよね。
しかも、合宿場は俺の町から電車で30分のところである。だから、二時間以上かけて集合場所に行っても、みんなとバスに乗って、またこっちに帰ってくることになる。つくづく、なんでこんなに早起きしなきゃいけないのかよくわからない; ̄ロ ̄)
「………はぁ。」
ついつい、朝から溜め息が出てしまう。まぁしょうがないね(笑)
それから駅に着くと、発車時刻まであと10分ほどあった。もちろんホームに人影はあまりない。ベンチに腰かけて一息ついていると、遠くの方から何か叫ぶ声が聞こえた。ちょうど、今座っているベンチの反対側のホームの方からだ。
とっさに、後ろを振り返る。
「なっ………」
振り返ると、変な中年のおっさんが俺の真後ろにどーんと立っていた。上も下も真っ青な服を着ていて、頭には小学生が被るような黄色い帽子を被っている。かけている眼鏡は昔風の真ん丸レンズで、やけに大きい。白髪混じりの髪の毛は腰まであって、一目で関わっちゃいけない系な人物だと思った。
「君、君、」おっさんにしては甲高い声で、俺に話しかけてきた。
「……どうかされましたか?」
「君の周りに、輪廻の車輪がグルグル回っていて気持ち悪い。」
「へ?」
「しかも左回りだ。気持ち悪い。じゃあね。」
するとおっさんは、ヒラヒラと手を振って、自動販売機の方に歩いて行ってしまった。さっき叫び声がした方のホームに目を向けると、何事も起こっていなかった。一体何だったんだろう。
「なにあれ、今のおじさん。」カイコが不愉快そうに言った。
「さあね。……ん?今あのおっさん、左回りって言ったよな……!?」
急いでおっさんの後を追って、自動販売機の方へと走った。自動販売機は半分、柱で隠れていて、その柱の後ろにおっさんがいるんだろうと思った。
「……あの!」
柱の後ろに居るであろうおっさんに声を掛けても、返事がない。聞こえていないのかと思って覗いてみると、おっさんの姿は跡形も無かった。
どこに行ったんだろう? 自動販売機から目を放して、ホーム全体を見渡したが、あの目立つ上下真っ青な恰好をした人物はどこにも見当たらなかった。
ふと、足元に目を落とすと、誰かが落書きをした跡があった。そばには、学校にあるような白いチョークが落ちている。
円形の落書きで、円の中には怪しげな幾何学模様がいくつもゴチャゴチャと描いてある。その円の真ん中には難しそうな漢字が一文字書いてあって……
「……壁部屋?」
どう見ても、以前土我さんが公園のグラウンドに描いていた壁部屋ってやつにしか見えない。じゃあ、あのおっさんはこれを使ってここから消えたんだろうか。というか、あのおっさんは一体………
なんだか気味が悪かったので、カイコとキャリーバッグを置いてきたベンチに戻った。戻ったところで、ちょうど向こうから電車が来た。
「高橋、あのおじさんは一体何者だったの?」カイコが眠そうに聞いてきた。
「ごめん、わからなかった。ていうか、あの人壁部屋使ってた。」
「壁部屋ぁ?」カイコが ありえない、という風に返した。「そりゃないと思うけどな。なんかの見間違えじゃないの?」
カイコがそう言い終わると、電車の扉が開いた。とりあえず、おっさんのことは気にしないことにしよう。なんか気持ち悪いし。
それからは、何とかおっさんを忘れて、これからの予定を考えることに集中した。

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