小説カイコ ryuka ◆wtjNtxaTX2 /作

第一章 ふりだし編(11)
だんだんと話のネタも尽きて、延々と山道を走ること一時間半。相変わらず自然たっぷりで山以外には何も見えない。
本当にいくら進んでも見えるものは鋭角の、急な山々ばかりだ。空はすっかり群青色になり、星もいくつか瞬き始めた。
『東北の冬は早い』その言葉の真意を今初めて理解した。証拠にまだ十月だと言うのに夜になった今では吐く息は白くて、指先は冷えてきた。
いつになったら衣田さんの家に着くのだろう、といささか不安になり始めると、今まで木しか見えなかった山道が急に開けて小さな集落が現れた。もうすぐだ、と衣田さんが眠そうな声で呟いた。
蟲神神社は小さな丘の上にあった。
本当に小さい神社で、赤い丹塗りの鳥居が無ければ神社だとは気付かないかもしれないくらいだった。
車を降りて、衣田さんと一緒に鳥居をくぐり、石畳の道をしばらく歩いた。周りに明かりは一つもなくて、嘘みたいな話だけど月の光だけが頼りだった。
「もうちょっとだがや。本殿の裏が家になってるんだ。由紀子が待ってるから仲良くしたってな。」鼻歌を歌いながら衣田さんが言った。
神社の裏側の小規模な森が広がっているところが衣田家だった。玄関の横で、ベージュのチェック柄のエプロンをした女の人が猫を抱きかかえて立っていた。
「おかえりなさい!」その人が片手を振った。暗くて輪郭しか分からないが、この人がきっと衣田さんの娘の由紀子さんなんだろう。
「ただいま、こちら任史君。」衣田さんが俺の右肩にぽん、と手を添えた。
「ああ、任史君!随分と大きくなったねぇ~。最後に見たときは私よりずっと小さかったのに。」由紀子さんは笑いながら、任史君たら身長この位だったのよ、と膝らへんを指差しながら言った。「達矢さんの弟さんと同じ学校なんだって?」
「あ、もう知ってたんですか。俺、昨日それ知ってかなりびっくりしたんですよ。」
「うん、私も今さっき知ったのよ。そだ、達矢さん今うちに来てるの。」
そう由紀子さんが言うとタイミングよく玄関の扉が開いて、中から男の人が一人顔を出した。けれどやっぱり暗くて顔はよく分からない。「寒いんだし早く中に入りなよ、」その人が言った。
「はーい、」由紀子さんが返事した。「じゃ、中でゆっくりしますか。そうだ!お寿司も頼んだのよ。」
言われるがままに玄関をくぐり、居間に入った。玄関の横には緑色のビニール傘が一本立て掛けてあった。
しゃれた部屋で、部屋の真ん中には大きなテーブルと華奢なイスがいくつかあった。そのイスの一つに柚木君とそっくりな顔をした男の人が座っていた。その横に由紀子さんがよいしょ、と腰かけた。居間の明るい電気のおかげで、その時初めて由紀子さんの顔をちゃんと見た。
「……え?」
予想していた顔と随分違った。それにどこかで見たことのある顔だ。
二十歳のわりには幼い感じだが、どこか芯の強さがある大きな黒い瞳。髪はまっすぐで黒く、肩に付くか着かないかくらいのショーットカット。それにエプロンの下には山吹色のパーカーを着ていて、
それは、それはまるで。
「……時木?」
かつて知り合った、中学生の幽霊。
最後に見たのは、鎌倉の青い空の下。
鈴木の姉で、今は亡き人。
時木 杏
由紀子さんは、時木にそっくりだった。
あり得ないくらいに、そっくりだった。

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