彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第1章 『誰かの不幸、他人事』5



人を罵ったり、いたぶったりする時、人はどんな顔をしているんだろう。
苦痛で悲鳴をあげる相手を見て、苦しくなるのか。
歓喜な恍惚とした表情で、相手を罵倒しながら、優越感に浸るのか。
それとも。

「痛い?」 「△&@&,;$&▽&@.:/$&$!!」 「ごめん。 なに言ってるのか、わかんねえ」

顔を見れば痛がっているのは明白、なんだろうけど。
ジタバタさせる足の上に乗って、遠慮なく体重をかける。 首筋にある新しい噛み跡は、いま俺がつけた。
血が、流れて。 白い彼女の首を、染める。

「暴れるから、手加減なしでやっちゃった」
「死ね! 最悪……っ、ふつう肉まで噛む? こ……これ、なに、血? 病院、びょーいん」
「思ったより傷は浅いよ。 落ち着けって」

原因の俺が言うことでもないけど。
ミユキが顔面蒼白で俺を突き飛ばし、ふらつく足で立ち上がる。 逃げるのかと思ったら、俺の部屋のクローゼットを開け始めた。

「なにやってんの」 「薬箱探してんの。 はやく手当してよ」

甘えたなミユキちゃんは自分で怪我の手当もできないってか。
混乱気味にクローゼットを引っ掻き回すのに見飽きて、ミユキの手首を掴む。

「そこじゃねえよ」

抵抗しないミユキを、台所まで連れて行く。 食器棚から薬箱をだして、ミユキを椅子に座らせる。
傷の手当をしながら、無気力になっている彼女に話しかける。

「なんでミユキは俺にだけ依存しねえの」

「昔のミユキは俺にも優しかった。 笑ってくれたのに」

「正直、末長が殺されてよかった」

あんたが嫌いだから。
昔のあんたは今ほどじゃなかったから。
末長くんはあんたよりわたしに優しい。

そんなことをポツポツと言われた。
首に包帯を巻きながら聞いていたら、爪で傷跡をほじくってやろうという衝動に襲われて、耐えた。

「末長のこと、本気で好きだったわけ?」
「あの人はいつもわたしが特別だって言ってた。 わたししか見えないよって。 だから、うん」
「俺も、ミユキしか見てねえんだけど」

ずっと昔から。
それこそ、あの日からずっと。

「あんたは嫌い。 わたしの嘘に全然騙されてくれない」

そういえば、末長が神妙な顔でミユキのことを語ってたとき、なんか全然生い立ちとか違ってたよな。
両親、事故で亡くしてなかったし。

「末長はカンペキに騙されてたよな」
「いい人だから。 わたしが嘘の不幸自慢をしても、疑いもせず、慰めてくれた。 殺されたって聞いたときは残念だったけど、すぐ別の人を見つける」

そこまで言って、ミユキが少しだけ肩を震わせた。
何かに怯えるような目で、俺を見る。 あきらかに、警戒している目だった。

「あんたじゃないよね」

その目が、俺はあまり嫌いじゃない。

「あんたじゃないよね。 末長くん殺したのって」