彼女が消えた理由。
作者/朝倉疾風

第4章 『傷に触れ、痛みに触れ、心に触れ』5
俺が破り捨てた暴露本を弁償して、園松ミユキが連れ出した場所は、人通りの少ない白伏公園だった。
「はいこれ。 ちょっとは落ち着いた? 曳詰クン」
「…………ありがと」
自販機で買ったジュースを無表情で突き出してくる。
学校で話したときとは違い、感情が抜け落ちているような雰囲気だった。
その印象がどことなくヤスと似ていて、落ち着く。
「それ……その本、どうしたの」
「ただのストレス解消。 気にしないで」
上手く笑えてない気がする。
園松ミユキはベンチには座らず、俺の目の前に立った。 自分はコーラを買って、飲まずに手に持っている。
「学校での態度と全然違うけど……それが素なの?」
「そうだよ。 聞いたんでしょ、千尋に。 わたしの話がぜーんぶ作り話だって」
「ん……まあね」
園松ミユキの母親が千尋の父親と関係を持ったことも。
逆上した千尋の母親に、殺されたことも。
クラスの奴らが噂する、園松ミユキの過去。
「あのさあ、少し失礼なこと言っていい?」
「────どうぞ」
「あんたの目、自殺志願者の目に似てる」
、
え。
じさつ?
「自殺したいって言ったあいつの……目に似てる」
なに、言ってんだ。 誰だよ。
園松ミユキの視線が、俺から外れる。 俺の後ろを見ている。
そして
「ッ、え」 「……園松?」
「サイに何してんだよ、おまえ」
後ろから。
俺の後ろから声がした。
俺にとっては聞き覚えのありすぎる、不安定なその声が。
「ヤス……ッ」
「ムカつきすぎて刺しちゃった」
とても、心地いい。
だけど園松ミユキの服の胸がどんどん赤く染まってるのを見て、これヤバいとも思った。
俺の顔の横で伸びる、細い腕。 顔を上げると、白い前髪で隠れた顔が見えた。
「────これは、正当防衛になるよね」
ボソリと呟いて、園松ミユキがヤスの腕を思いっきり捻る。
痛みで思わず落としたナイフを、園松ミユキが掴む。 俺のすぐ隣をヤスがベンチを飛び越えていた。
「おまえ、サイに何したの。 サイはどうして悲しい顔してんだよ。 なあ、聞いてる?」
俺の目の前で繰り広げられているバイオレンスな光景。
止めなきゃいけないと思っても、体が動かない。
「ねえってば!」
ヤスが園松ミユキの足を引っ掛ける。 派手に転んだ彼女は、胸を刺されているのにしかめ面もナシで、ヤスに応戦している。
馬乗りしながら、ヤスはナイフを取り上げて、
「あ」
振りおろそうとする。
園松ミユキにむかって。
ああ、人が死ぬ。 死ぬ。 死んじゃう。
園松ミユキが。
「そこまで」 「ッ」
だから俺は気づかなかった。
視界の端から飛び出てきたソイツの存在に。 ヤスの服を背中から引っ張るソイツは、どう見ても園松ミユキの味方だった。
「陽忍……千尋……」
「悪いけど。 俺の大切な子だから」
このままじゃヤスが、ヤスを失うのだけは嫌だ。
彼女は………彼は、俺の弟であり、恋人であり、親友でもあったから。
大切な人だから。
「やめ、」
彼が消えた理由。
それは、ぜんぶ、俺のせいだ。

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