彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第3章 『この冷たい寂寞の闇』3



「男女の三角関係ってややこしいよな」
「────何を言ってらっしゃるの?」

おまえこそなんだその喋り方は。
学校も見事にサボった俺に、提出日が明日までの課題を良心で届けてくれた吉川は、俺の家にいるミユキを見て驚愕していらっしゃる。

「説明! 説明を求めるぞ俺は!」
「幼なじみだって言ったろ」
「ああ言ったさ。 言ったけど、そーゆー仲だとは言ってねえぞ!」
「訳あって一週間同棲してた。 だけど今日で終わり。 ミユキは家に帰る」

最低限の説明をしたら、うぬぬと唸ってひとまず暴れるのをやめてくれた。
ミユキは変な顔で吉川を見ている。

「爛れた関係ではないんだな」 「ありえねえよ」 「ならいいけど。 俺、園松の課題持ってきてねえよ?」

ミユキがやるわけないだろ。

「ああそれはいい。 ていうか俺も課題やんねえから」
「ええっ。 やれよ~なんのために俺が持ってきてやったと思うよ~」
「おおかたアレだろ? 俺が陽忍クン家にもっていきますって、優等生ぶったんだろ」
「なっ! ひでえよ陽忍~」

なんか、小動物を棒でつついている時と同じ感覚がする。
面白いな、やっぱり。 吉川といると。

「はいじゃあお前も帰れ。 アレだろ? お前もどうせ課題やってねえんだろ」
「うるせえ。 次メロンパン奢れよ。 お前と松園が休んでて、めちゃ席さみしかったんだからな「
「はいはい」

メロンパンを連呼させながら、吉川が階段を下りていく。 その姿が見えなくなってから、中に戻った。

「意外だった」 「なにが」 「あんた、普通に笑ってたから」

俺の課題をじっと見ながら、ミユキが言う。

「いつも笑ってるけど、あんなの嘘でしょ」
「吉川とは気を使わないんだ」
「わたしは、あの人好きだけど、吉川クンは恋人より、友だちを優先させそうだから、いや」

課題を床に放り投げて、ミユキがソファに座りなおす。 そういえば、髪が長すぎやしないか。 暑がりなのもそのせいか。 また美容院に連れて行こう。

「末長は、友だちより恋人を優先させてたか」
「うん。 わたしが嘘の生い立ちを言ったら、ものすごく心配してくれた。 嬉しかった」

そうやって人の良心につけこんで、同情を煽って、甘やかされるのが好きなのか。
手がかかることこの上ない。

「蓮奈さん先に帰ったよ」
「知ってる」
「俺は、夕方頃出かけるけど」
「…………………」

ミユキには全部話した。
俺がこれからやることと、その理由を。

「10年経っても、やっぱり立ちきれないね」

むなしそうに言う彼女の横顔を見て、それが尋花に見えた。
似ている。
本当に、似ている。

「わたし、先に帰ってる。 ていうか、いまから帰る。 遅くなったら叔母さん、心配するし」
「────それがいいよ」

これが最後かも知れない。
過去に囚われた殺人犯と、未来に縛られている殺人犯と、

現在に依存している、彼女。

「バイバイ、チヒロ」

その言い方があまりにも尋花に似ていたから、
おもわず、
抱きしめてしまいそうになった。