彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第3章 『この冷たい寂寞の闇』2



トイレに溜まっていた胃液をすべて吐き出すのに数十分かかった。

「水飲むでしょ。 ほれ」

無言で蓮奈さんからコップを受け取り、一気に飲み干す。
乾いていた喉にこびりついていた嫌な味がとれて、少しだけホッとする。 額から落ちる汗を拭い、一息つく。

「尋花のこと思い出してたんでしょ。 いきなり叫んでたよ」
「ときどきある。 気にしてねえよ」
「まっさかあたしの首をしめるとは思わなんだ。 いやあ、焦った焦った」

能天気に笑う蓮奈さんを無視して、寝室に戻る。
外はもう明るい。
静かにミユキが寝息をたてているのを見て、安心する。

「ダイジョブだよ」
「────やっぱり尋花に似てる」
「まあそりゃあね。 あたしは姉さんに似てないでしょ。 父親似だもん」
「俺がミユキを好きなのは、ミユキが尋花に似てるからか……?」
「それは違う」

ハッキリと断定された。

「あんたは尋花にトラウマ持ってるから、絶対にそれはない」
「────じゃあ、どうして俺はミユキが好きなわけ」

蓮奈さんが、意地悪く笑う。
妹なのに、やっぱり尋花には似ていなかった。

「言い訳よ。 あんたは自分の母親を殺してる。 ミユキを守るために。 その罪悪感で、わざとミユキが好きだから母親を殺したってことにしてんのよ」

………………ああ、そうか。 納得したかも。
ミユキを見るたびに溢れる、強い征服欲も、独占欲も。 それは歪んだ愛情なんかじゃなくて。
ただたんに、ミユキのことが死ぬほど嫌いだからだったのか。

「なんか……脳で理解しても、心はそれを拒否してる感じ」
「10年もそう思ってたんなら、受け入れることは難しいっしょ」

じゃあ受け入れないでおこう。
俺は一生ミユキを好きだと思いこんでいよう。

「学校どうすんの。 行くの?」
「今日はサボる」
「あっそう。 あたし家に帰ってるから。 ミユキも適当に帰らせて」
「────わかった」

がんばって、帰らせる。
実は今日、俺とミユキはとある人物に会わないといけない。
そいつと長年の喧嘩にけっちゃくをつけて、それからミユキを自宅まで送り届けよう。

まあ、無傷で帰ってこられるかは、わからないけど。