彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第4章 『傷に触れ、痛みに触れ、心に触れ』6



△彼らの理由


曳詰兄弟と、その母親に会ったのは1年前だった。



興味のあったヴィジュアルバンドを見ていたら、視界の端に居る少年たちのことのほうが気になってしまった。
ふたりとも白い髪で、熱狂しているファンの中、不自然にボケーとしていた。 他のファンに負けないゴシックな服。
兄弟だろうか。
小さいほうは、前髪が長く、顔の左側を包帯で巻いていた。

「五鈴、次の曲始まる前にトイレ行っとくか」
「連れションは趣味じゃ無ぇ。 行って来い」

ひとりになって、暇になったから。
気づけば、その少年たちのほうへ足が進んでいた。

「なあ、あんま楽しそうじゃねぇけどつまらんか?」
「音がうるさいと思う」

見ず知らずの男に話しかけられても、臆することもなく返事をしてくれた。
まだガキだからか、素直な感想をぶつけてくる。 包帯を巻いている奴は、全然こちらを見ない。

「その包帯……怪我? ファッション? んーでもヘンだよそれ。 包帯の巻き方」

直してやろうと、手を伸ばす。 その手をすごい力で掴まれて、ぐいぐい引っ張られる。 ライブハウスの外まで来ると、いきなり、
んー?
ん、いきなり、ん。
刺された。

「ちょ……ッ、はあぁ!? な、なに……いっでえええええ!」

肩から血が。 っていうか、何これ。
包帯を巻いていないほうの目が俺を睨んでいた。 えーなにこれ。 死ぬの? 死ぬのか?

死ぬのか?








「気づいた? 血の割には傷は浅かったから大丈夫よ」

目をあけると、見覚えのない天井と見覚えのない女が見えた。
上半身を裸にされて、包帯を巻かれていた俺は、上半身を起こす。
痛みはあったけど、それよりも状況を判断するべきだと思った。 刺されたはずなのに。 ここはどこだ。

「えっと……どうも。 あの……あの子たちは……」
「サイとヤスのこと? ふたりでお風呂に入ってるから。 ここ、ホテルの中ね。 びっくりしたわ。 サイが慌てて電話してきたから」

サイとヤス……。 あいつらのことか。

「こんなこと言うのアレなんだけど……警察に言わないでほしいの。 あの子らのこと。 刺し傷まで作らせといてなんだけど」
「ああ……もういいっすよ。 手当までしてくれたし」

この女、あいつらの母親だろうか。 目元がよく似ている。
ただ、雰囲気がまったく違った。

「あの子らの父親がかなり……変人だから、ああなったのかも。 わたしも協力してるんだけどね」

憂いげな眼差しを向けてくるその女を、多少は美人だなーと思ったり。

「あなた、もしよかったらあの子らの友だちになってあげて」
「は? ていうか、年離れてるしい……。 何歳っすか」
「サイが16歳。 ヤスは15歳よ」
「俺26なんすけど」

快活に笑ったその女と、サイとヤスというふたりはあまりに似ていて。
だけど、あまりに違っていた所があった。
グズグズの、どろどろ。 負の感情が溢れている、そんな、気色悪い彼らの目。


曳詰兄弟に興味も持ったのは、母親と子どもらの目の違いだったと思う。


だから、彼らが父親にどのように虐げられているのかを見て、同情してしまったのかもしれない。
守りたいと、思ったのも事実だ。


──五鈴、あのさあ。 頼みたいことがあるんだよねェ。


不安定な彼らを、俺が、支えてやりやかった。
あんな外道な父親の手ではなく、俺が。 「友だち」 として。

──父さんが求めてる、ノリトって奴を捜したいんだ。

──もしさ、そいつが父さんに会ってくれたら、俺たちが父さんの
  子どもだってわかるだろ。

──そしたら……俺たちのこと……ノリトじゃなくて、俺とヤスの
  ことを……好きだと言ってくれるかなぁ……。

俺の所まできて、泣きながら、サイは懇願した。
ノリトを捜してほしいと。
そして、父親の目を覚ましてほしいのだと。


俺は、その願いを了承した。


ただ、それは。
ノリトを見つけて父親の目を覚ますことが目的ではなく。


もう、兄弟が望んでいるような父親は返ってこないのだと、彼らに分からせるためであった。