彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



第3部 第2章『愛しいくらいに、残酷な』2



駅への行き方が分からないというので、安藤さんを送っていくことになった。
ミユキは行かないと言って、留守番。 彼女に留守番が務まるのかと、内心心配で仕方がないが、しょうがない。

「で。 どうして俺の家までの行き先がわかって、帰りの駅までの道が分からないんですか」
「よくあるじゃないっすか。 行きはよいよい、帰りは怖いって」
「理由になってねえし」

もうなんだこの人。 相手してると非常にやりづらいし、疲れる。

「ミユキさん、美人でした。 それが見れただけで満足です。 きっと、ご両親もおキレイだったんでしょうね」
「────ああ、キレイだった。 俺は母親のほうしか知らないけど」
「あれ。 お父さんはどうしました?」

ミユキの父親か……。 そういう話は、過去に一度だけ話題にでたきりだったな。

「ミユキに父親はいません。 ヒロカ……ミユキの母親は、シングルマザーですから。 父親が誰かも分からないそうです」
「ずいぶん、身勝手な父親だな」

急に、冷えた声がした。
それが安藤さんのものだと分かるのに、数秒かかる。
それまで笑顔だった顔からは表情が消え、ぞっとするほど無表情だった。

「相手を孕ますだけ孕ましておいて、ガキができたら捨てるのな。 子どもの面倒も見ずに、いまどこで何してんだか。 ミユキさんは何も言わないの?」
「────ああ、ミユキは父親のことをなんとも思ってません。 母親がいればそれでいい子だったから」

なんとかそれだけ言って、安藤さんの目を見る。
この人、時折漂う殺気が、微妙に、

「陽忍さんは、ミユキさんを守ってるんですか」
「……はい」
「あなたも無力で、弱いのに?」
「……はい」

俺とミユキがまだ、中学1年生のとき、俺たちは、体を初めて重ねた。


両親がいないという寂しさと、一緒に住んでいる親戚から与えられるストレスと、世間からの噂。
大人になるにつれて違ってくる、周りの視線。
徐々に分かってくる、あの夜、お互いの親が行っていた行為の生々しさ。 いやらしさ。

脳裏に焼きついた忌々しい記憶を消すために、衝動的に。

心が壊れそうになるのを、必死で、お互いの熱で防いでいた。


「俺は弱いです。 ミユキが傍からいなくなると、何をするか分からない。 そんな、人間です。 彼女がいなければ、俺は、俺ではなくなる」

心の膜を破れば、すぐに俺はむき出しの感情を周りにぶちまけて、苦しみながら死ぬのだろう。 ああ、その時に血も出るのかな。
心が死ねば、血は出るのだろうか。 それは、ちょっと、嫌だな。

「ここでいいです」

安藤さんの言葉で、ハッと我に返る。
目の前には、もう駅が見えている。
安藤さんの表情は、いつもの笑顔に戻っていた。

「わざわざありがとうございました。 はやくミユキさんの所へ行ってあげてください」
「はあ……どうも」

Uターンして、さっさとアパートまで足を運ぶ。
帰らないと。 はやく、帰らないと。