彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



番外編 『きみが触れるかげ』5



園松ミユキは小さい頃から母親であるヒロカにべったりで、世話はヒロカにすべてしてもらった。
服を着るのも、お風呂に入るのも、髪をとかすのも、すべて。
ヒロカがやってきた。
そのせいか、ミユキはひとりで何もできない女の子になってしまった。

「あら、千尋。 来てくれてたんだ」

白い病室で俺を迎えてくれたのは、ミユキの叔母さんだった。
名前……忘れたな。 顔は何度も見ていたんだけど。

「えっと……どうも。 ミユ……園松さんは?」

この人の姉を殺した女の息子が、馴れ馴れしくミユキって呼んじゃいけないと思う。
俺は、一応、加害者の息子なわけだし。

「いいよ」 「え?」 「いつも呼んでるふうでいいよ、千尋」

言って。
ニコリと笑う。
不思議な人だ。 目の前にいるのは殺人者の息子なのに。 どうしてそんなに笑っていられるんだろう。

「えっと……ミユキは大丈夫……ですか」
「落ち着いて寝ちゃってる。 んまあ、今回のことは警察とかには公にしないよう言ってあるから」

この人はいつもまっすぐで、ミユキを守ってる。 なんの職業なのかは、未だに分からない。
フワフワとした髪の毛が、小動物を連想させる。 ちなみに、ヒロカにもミユキにも似ていない。

一人用の病室にある、一人用のベッド。
そこにミユキは眠っていた。 左腕には包帯が巻かれており、点滴のチューブが通っていた。

「止血したのはいいけど、けっこう暴れてね。 安定剤を点滴からいれてるの」
「…………えっと」
「蓮奈、よ。 いい加減名前覚えなさいよね、千尋」

そうだ蓮奈さん。
ヒロカのお姉さん。 似てないけど。

「蓮奈さん……は、その……悲しくないんですか」
「なにをだね?」

からっと笑いながら、蓮奈さんが首をかしげる。

「────だから、ミユキが……こんな……自殺未遂して……」
「それは、ミユキが自殺未遂したことを悲しんでるのかって聞いてるの? それとも」

続けて、蓮奈さんが言う。

「それとも、ミユキが死ななかったことが悲しいのかって聞いてるの?」
「もしそっちなら、俺はあなたを軽蔑すると思います」
「ごめん。 ちょっと行きすぎたジョークだったね」

ミユキの髪をサラリと撫でながら、蓮奈さんが優しい目をする。
母親のようだと思った。 少なくとも、ヒロカのようだとは思わないけど。

「この子を引き取る時に覚悟を決めてるの。 わたしが、この子のすべてを守るって。 どんなことがあっても、この子の味方でいるって」
「それがエゴだとしても?」
「それがエゴだとしてもよ」

肝の据わった人だ。 感服してしまう。

「そしてわたしはキミの味方でもある」
「俺の……? どうして」
「簡単だよ。 キミがミユキと同じだから」
「どこがだよ」

俺は、殺人者の息子なのに。 この人だって、自分の姉を殺されてるのに。
どうしてこんなふうに優しいんだ。

「いま、キミすごく泣きそうな顔になってるぞ。 千尋」

人に優しさをむけられるのは、未だに慣れていなくて。
吉川にですら、少し無器用に接しているのに。

「うるさいです」
「淡いねぇ、14歳。 まだ若いんだから、しっかり人生楽しめよ」

蓮奈さんの手が伸びて、同じように俺の頭を撫でる。
そういえば、ヒロカもよく人の頭を撫でていたなと、思い出した。