彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第2章 『彼女の過去=彼の過去』6



何事もなく、5日が過ぎた。


末長を殺した犯人の有力な手掛かりもないまま、6月も半ばを迎え入れるというころ。
あの人が、帰ってきた。

「いやあ、助かったよ千尋。 おかげで楽しい旅行ができた。 はい、お土産だよ~ん」
「────いま何時だと思ってんだ」

早朝の5時だぞ。
ちょっとは時間を考えろ。

「あんた隠してたカギどこ置いたのさ。 植木鉢の下に無かったんだけど」
「ミユキの服を取りに行って、返すの忘れてた。 とりあえず、あがって」

アパート内で大声を出さないでほしい。 強制的に中へ入れて、ドアを閉める。
あいかわらずのフザけた口調と、どこかあの人に面影が似ているのはあいかわらずだ。

「蓮奈さん、ミユキはまだ寝てるんだから、静かにしとけよ」
「あいあいさー。 ねえ、チューハイある?」
「あるけど」

園松蓮奈さん。
ミユキの母親の妹で、現在のミユキの保護者。 髪の毛が短いけど、フワフワしていて、マルチーズを思い浮かべさせる。

「未成年がお酒を飲んじゃダメなんだゾ☆」
「ほっとけ」
「大人の意見は大切なんだゾ~。 あたしの言うことを聞かんか、千尋」

無視。
蓮奈さんが捨てて行った上着を拾い、ソファに畳んでおく。

「ねえ千尋。 あの子殺されたでしょ」
「末長のことか。 ミユキからなんか聞いてた?」
「うん。 名前だけね。 殺されたってニュースでやってるの見て、ビビったわ~。 ミユキも驚いてた」

チューハイの缶を指でつつきながら、蓮奈さんが呟く。

「ねえ、千尋。 あの子はどこから間違っていったのかなぁ。 10年前? それとも末長クンが死んでから? それとも……」

俺を試すかのように、蓮奈さんがこちらを見る。
その顔が、あの人と重なった。




「自分の母親が、アンタの父親と浮気をしてから?」



思い出す。
一つの終わり。 崩壊。 渇望。 嫉妬。 絶望。
あのときほど男女の仲を醜いと思った瞬間はない。 汚れた意識を塗り替えるため、何度も女とは体を重ねたけれど。
思い出すのは、いつだって、あの汚い光景ばかりだ。

「千尋を責めてるわけじゃないよ」
「────誰を責めてるんですか」
「いま死んだ奴らを責めたって、あの子とあんたが正常になることは、もう不可能じゃん」

正常、ねえ。 どれほど俺らが異端に見えてるんだろうな。

「もうあんたは、まともにピュアな恋愛はできないだろうねえ」
「ミユキもじゃねえか。 あいつはただ、自分だけを見てくれる奴がほしいだけなんだから」

末長のことだって、恋愛感情があったわけじゃない。
蓮奈さんに対しての気持ちだって、ただ依存していた母親に似ているからだろう。

「あんたもただ、自分を見てくれる人がほしいだけっしょ」

心臓が、痛い。
鼓動が体全体に響いてくる。
だから俺は、
この人が苦手なんだ。

「───知るか」