彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第4章 『彼女が死んだ理由』2



学校からアパートの自宅に帰ると、当然だけどミユキはいなかった。
俺が徳実さんと対峙していたあの晩、保護者である蓮奈さんが一週間の旅行から帰ってきたので、ミユキも家に帰ってしまっていたから。
誰もいないリビングの、誰も座っていないソファに腰掛け、いつもの癖で見もしないテレビをつける。

「彼女が死んだ理由……か」

頭の中に浮かぶのは、尋花のことだった。
彼女にも死ぬ理由はあったのだろうけど、どうだったかな。

10年前。
母子家庭である園松家に俺の家族は泊まっていた。 父は躊躇していたが、バーベキューをするのに男手が必要だという理由で、ついて来ていた。
一番楽しんでいたのが、母と尋花だったと思う。
ミユキは、俺のことが嫌いだったから。

その日の夜だ。
寝ている意識を無理やり叩き起こされ、目を開けるとミユキがいた。
ひどく混乱したように、

ーーーおかあさんと、アンタのおとうさん、変だよ。

そう囁いた。
見ると、母は隣で寝ていたけど、一緒に寝ていたはずの父の姿がなかった。
俺はミユキの手をひいて、隣の寝室に足を運んだ。

「ったく。 ガキがいるのに盛ってんなよな」

そこで見た、生々しい光景。
いつも無邪気に笑っていた尋花の、ひどくいやらしい声と、その上にいる俺の父親の姿。
けっして小学校にあがりたての子どもに見せていいものじゃなかった。 けれど、それ以前に尋花が汚れていく様子を見るのが、吐き気がするほど嫌だった。

尋花が、俺たちに気づく。
俺と目があって、そっと微笑んだ。
笑ってた。
あの無邪気な笑顔で。

そして、その表情が次に恐怖で引きつるのがわかった。
振り向くと、俺の母が立っていた。

「包丁持ってたよな。 あの人」

叫びと、怒鳴り声。 嫌な匂い。 裸で逃げ回る尋花と、父を殺して返り血を浴びた母が、それを追いかける。
キッチンのほうで、尋花が叫びながら謝る声が聞こえた。
うまく聞き取れなかったけれど、もうあれは完全にイッている声だった。

数分後、大量の血液に身を染めた母が次に狙ったのは、ミユキだった。
ショックで失禁し、震えで痙攣を起こしている彼女に、母はありったけの罵声を浴びせていた。

ミユキが、尋花と父の間にできた隠し子だと誤解して。

その罵声を聞きながら、俺の目線は廊下においてある、バーベキューセットに向いていた。
そこにある、使用済みのフォーク。
母がミユキ虐めに夢中の間、じっとそのフォークを見つめていた。

「ミユキを助けたかったのかねえ」

そして、母がミユキを殺す前に、俺が母を殺した。
フォークでありったけの力を使って、まず背中を刺した。 子どもの力だったけれど、フォークはなんとか刺さってくれた。
驚いた母が包丁を落とし、それを拾って、思い切り母の首を裂く。
血管を破ったのか、思っていたより、血がでた。



これが、彼女たちが死んだ理由。
そして俺らが生き残った理由。
あのあと数日間俺らは放心状態で、蓮奈さんが気まぐれで来てくれていなかったら、餓死していたかも。

「俺らは生き残ったわけだ。 あんな所で」

プチ自慢にはなるかもしれない。 なーんて。
ミユキの前だと口が割けても言えないけど。