彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



第3部 第5章 『彼女が消えた理由』3



             ♪♪


10年前から、わたしたちの時計は止まったままだった。
どこか諦めてたの。 わたしが、わたしとして生きることを。

ねえ、お父さん。 わたしね、

あんたこと、大嫌い。 おかあさんの次に、だいきらい。


              ♪♪




俺は自分に都合のいい夢でも見てるのか……。
ここにミユキがいるわけないのに。

「千尋……」 でも、そこにいるのは確かにミユキだ。

「どうしてミユキがここにいるわけ? 俺の部屋に居ろって言ったよなぁ?」

絶対的な存在を前に、ミユキの体が一瞬、ビクリと震える。
うつ伏せになっている俺の背中に腰をおろしているそいつは、けらけらと笑いだした。

「俺の言うことが聞けないの? 家に帰れって言ってんだよ」
「……今さら父親面かよ」
「なんだとゴラァッ!!」

思い切り頭を蹴られる、、、っ痛……なんか、すっげえ目眩する。

「俺はなぁ、ミユキとはもうずっと前からコンタクトとってんだよ。 それこそ、蓮奈の野郎に見つからないようになぁ。 お前らに復讐するためによッ!」

うわ、歯が欠けた。 口の中が切れて血の味がする。 やっべえ、けっこう情けなくねえか。

「ミユキもなぁ、おかあさんがコイツの母親に殺されて悲しいんだよなぁ? ヒロカが死んで泣いてたんだろう? 俺は知ってる! お前がずっとずっと苦しんできたことも、本当はコイツを殺したいほど恨んでるってこともよぉッッッ」

───わたし、アンタのことが大嫌い。

あれ、照れ隠しじゃなくて本当にそうだったのか。 ツンデレキャラだと思っていた俺の解釈は間違いだったっていうこと?
しゃあねぇな。
俺、超格好悪い。

「勘違いしてるの……おとうさんのほうだよ」

小さく。
とても小さい言葉が口から発せられた。
俺を蹴り続けていた園松チヒロの足が、止まる。

「わたし、復讐とかどうでもいい。 おかあさんのこと、本当は……あんまり好きじゃなかった。 いつもわたしのこと、いらないような眼で見てくる。 本当はわかってた。 ああわたし、復讐のために使われてるんだなって」

ちぃさんが言っていた。
ミユキを産んだ理由は、俺の父親の子どもだと、母に誤解させるためなのだと。
ちょうど同じ時期に俺を妊娠していた母に対しての、あてつけなのだと。

「おかあさんが死んで、どこかでほっとしてた。 もう終わるんだって。 わたしはもう自由なんだって。 …………なのに、おとうさんはわたしに電話をかけてきた。 陽忍千尋と、まだ関係は続いているのかって、わたしをまた、あの暗い場所に閉じ込めようとしたッ」

他の男と付き合って、普通な女子高生になろうとしているミユキを、この男がたしなめた。
普通なんて許さない。
おまえは、ヒロカの復讐を果たすためだけにある。
道具だ───と。

「み、ミユキ……俺は、そんなつもりはないんだ。 でも、お前だって憎いだろ? ヒロカはずっと愛されたかったのに」
「わたしも愛されたかった!!」

ミユキの、叫び。 近づいて来る彼女を、まるでヒロカの亡霊でも見ているかのように、園松チヒロが拒否する。

「く、来るなぁッ! 俺もなあ、ミユキ……お前を愛してるんだぞ? お前だけ……お前だけが俺の……俺とヒロカの……ッ」
「アンタが愛してるのは、ヒロカだけでしょ」

涙と鼻水を垂れ流し、ヒクヒクと震えている園松チヒロを見下ろして。
彼女は、ヒロカの口調で冷酷に言い放つ。




「ねえ、チヒロ。 わたし、あなたのこと、嫌いなの」






               △


「ねえ、チヒロ。 わたし、あなたこと、好きなの」

突然そう言われて、ドキッとした。 動揺を悟られないよう、あえて視線は外す。

「ふうん。 ……でも、いちばんは陽忍千里だろ?」

「千里は別格よ。 というか、彼女を旧姓で呼んで。 陽忍だなんて聞きたくない」

長い髪をとかしながら、ヒロカが吐き捨てるように言った。

「ミユキ、いまそいつの家なんだろ」

「面倒だから預けてきた。 ……千尋、すごく大きくなってた」

「嫌味かよ、おい」

わざわざ俺と同じ名前をつけなくてもいいのに。 腹が立つ。

「ムカつくよね」

ポキリ、と音がして。

ヒロカが指を鳴らしていた。

「ムカつく。 ヘラヘラ笑ってわたしに懐いて来るの。 気持ち悪い」

「……指鳴らすと太くなるぞ」

「……殺してやりたい」

うっすらと目に宿る殺意。 それは、愛らしいはずの幼児にまで及んでいた。

「大丈夫。 俺がぜったい、ヒロカを幸せにするから」

「ありがとう、チヒロ」

復讐するんだ。 ヒロカの気が済むまで。

もしそれが終わったら、今度家族3人で旅行とかしてみたい。

「チヒロ、あのね、大好きだよ」

うん、俺も。