彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



第3部 第4章 『復讐者』1



はじめて千里に会ったのは、高校1年の春。

同じクラスにいる、少しヤンキーっぽい女の子。 それが第一印象。

男勝りな性格で、手が荒くて。 そんな彼女を好きになったのは、夏休みだった。

千里はとても頼りになって、わたしのことを、「ヒロカ」と呼んで、すごく親しくしてくれた。 花火も一緒に見たね。

わたしはあなたに想いを伝えることが怖くて、この友情さえも終わってしまいそうで、あなたが、陽忍くんに告白されているのを、黙って見てることしかできなかった。

「わたし、陽忍と付き合うことになった」

恋が叶って、満面の笑みを浮かべてるあなたに、わたしはどんな言葉を返したんだろう。
もう、覚えてないけれど。

その2年後、あなたは妊娠して、高校を辞めて、五鈴くんを出産した。

陽忍くんと幸せそうに赤ちゃんを抱いているあなたを見て、愛しいと同時に、激しい憎悪と後悔が襲ってきた。

「わたしが女だからいけないの? 男だったらわたしと寝てくれた? あの時告白していたらよかったの? あなたはわたしが苦しんでいることに気づかないで、他の男の子どもを産んで、幸せそうにしてるんだよ? あなたは幸せだけど、わたしには悪夢なんだよ」

そう言ってしまえばよかったのかもしれない。
完全に縁を断ち切っていれば。



わたしはいま、お腹に赤ちゃんがいます。 27歳にしてやっと、わたしも妊娠しています。
あなたは同じ時期に二人目を身ごもっていますね。 男の子らしいけれど、名前は、わたしとあなたの漢字をとって、「千尋」にしましょう。

そして……わたしはあなたに復讐するでしょう。

わたしのお腹にいる赤ちゃんを使って、あなたの旦那を使って、あなたの子どもを使って、わたし自身を使って。



陽忍家を破滅へと追い込む、復讐者になるでしょう。




             ♪



そこは、明かりも何もない、薄暗い部屋だった。
窓から入ってくる日光はカーテンで遮断され、モノクロなインテリアが洒落た雰囲気を醸し出す。

その部屋に、園松ミユキはいた。

黒く長い髪は腰まで届き、青白い肌が透き通って見える。 母親にそっくりな顔立ちは整っており、どこか妖艶さと幼さを併せ持っていた。


「ミユキ」


名前を呼ばれ、ミユキは振り返る。
そこには、ひとりの男が立っていた。

「ポテチ、うすしお味だけど、いる?」

能天気そうな男の声。 ミユキは頷きもせず、虚ろげに男を見ている。

「ああ、あと。 検査の結果だけどさぁ」

ピクリと、ミユキの眉が動いた。

「結果、赤く染まったよ。 おめでとう」
「え…………嘘……」

久しぶりにミユキから声が発せられた。
しかしそれは、細い喉から出た息のようにかすかで。 真実を受け入れない表情は、次第にこわばる。

「嘘じゃない。 俺は嘘なんかつかない」
「嘘だ……嘘、だ……」
「今日からキミも、“母親”だよ。 ミユキ」


うそだ

ミユキの口がそう動く。 声は出ないけれど。
つきつけられた真実と、男が持っている妊娠検査薬を手で払い落す。

「嘘……ちがっ、そんなの……嘘だよ……」

誰が父親かなんて分かってる。
ミユキを愛していたのは、この世界でたったひとりだけ。

「ち、ひろ……ちひろ……ちひろッ」

瞬間、男の手がミユキの頭を撫でる。 壊れやすい骨董品を扱うかのように。
そうっと。

「これで、復讐ができるよ」

ミユキの目から、涙が零れる。
こんなこと、彼女はひとつも望んでいなかった。

「……ちひろ」

彼の名を呼んでも、彼はここにはいない。
助けにはきてくれない。