彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



第3部 第5章 『彼女が消えた理由』2



               ♪♪


幸せになりたい。
わたしを温かく愛してくれる家族と、信用できる友だちと、信頼できる男の子がほしい。
普通で、普通の、普通な日常がほしかった。

わたしね、あのね、不幸な子だと思ってたの。

自分の母親が、幼なじみの父親と浮気してて。 見つかって、殺されちゃった。
殺した女は幼なじみが殺して、そんな、不幸な連鎖。

だから、まだ我慢できた。

わたし、不幸。 不幸な生い立ちなのって。 同情されて、いい気分。
だけどねえ、わたし、あのね聞いて?

最初から、「わたし」 は 「どうでもいい」 存在だったの。

わたし、不幸な子じゃなかったの。
最初から、わたしが産まれる前から、わたし、あのね。

不幸とかそんなの関係無く、「いらない」 子だったの。
復讐の道具だったの。 ひどいでしょ。
わたしが産まれたのは、「奇跡」 でも 「幸せ」 でもない、おかあさんの 「気まぐれ」 だったの。

「もうやだよ」

わたしのお腹にいる、赤ちゃん。 なにこれ。 チヒロの子ども。
チヒロ? チヒロって、陽忍千尋?
あいつもきっと、わたしじゃなくて 「ヒロカ」 を見てる。 お父さんと一緒だよ。
おかあさんとわたしが似ているから。 そうだよ。

だれも、わたしのことなんてみてない。

「千尋……わたし、ミユキなの。 ヒロカじゃないよ」


              ♪♪





腹を殴られた。 普通に痛い。 あと、吐きそう 「なぁにがチヒロだよッ!!」 今度は右足の付け根を踏まれた。 うわあ。

「ああああああああああああああああああああッ、ああああああああああああッ、があ」

なにが、どうなってんだ。 ちぃさんの本名が園松チヒロ? 俺と、同じ名前だ、、、

「なんでお前が千尋って名付けられたか知ってるか? どうせヒロカは、幸せそうな絵空事な理由を言ったんだろうよッ! だけど本当はなぁ、数年後、俺が現れてお前を苦しめるための下準備だったんだよッ」


──あなたの名前、わたしの「尋」と、千里の「千」からとったの。


「ヒロカが生きてりゃ、今頃お前を見て爆笑してただろうさ。 ざまあみろってな! そりゃあ惚れてる女と嫌ってる男のガキなんだから、憎いに決まってるわな!」


──千里に似て可愛い。 ミユキとも仲良くしてね。

    ──ほら、洗濯たたんでよ。 できたら30円あげるよ。

──今日、千里と夕飯作るの。 何作ってほしい?

    ──わたし、料理は得意だから食べる専門になっちゃうよ。



嘘。

ぜんぶ、ヒロカの嘘。

ヒロカは、俺を憎んでいた。 俺の母親を、愛していたから。


──千里に似て、可愛い。


「園松蓮奈を殺したのは、単純にアイツが俺を嫌悪してたから。 アイツ、俺がミユキの父親なのに帰れってうるさいんだぜ? 死人に喋る口はないけどなぁ」

ぜんぶ、嘘。 俺の好きだったヒロカは、もう、どこにもいない。
最初からヒロカは憎んでいた。
ずっと、ずっと、憎んでいた。

「ヒロカが死んで、俺は泣いたよ。 同時に、殺したのがテメェの母親だっつうから、すっげえ憎かった。 まさか寝ている所を見られるとは思ってなかったんだろうな……ヒロカも」

背中に腰をおろされて、軽く頬を撫でられる。
その指の体温が低くて、ぞっとした。

「お前も可哀想だよなぁ……ヒロカが好きだったんだろ? だからヒロカに似ているミユキを食いものにしてんだろ? 俺らと変わらねえじゃねえか!!」



──わたしは、おかあさんじゃない。 園松ミユキなんだよ。

──誰と比べてるの? おかあさんと?

──だからわたしと抱いてるんでしょ。 おかあさんが好きだったから。


ああ、そのとおりだ。 俺はミユキじゃなく、ヒロカが好きなんだ。
認めよう。 弁解する余地もない。 俺の降参だ。


「俺が好きなのは                     」


そのとき。
視界の端に、人影が映る。
その姿を捉えたとき、俺は、ヒクッと喉が震えた。

いま一番会いたくて、会いたくて、会うことを躊躇っていた人。


「────ミユキ……」


園松ミユキ。

彼女は俺の幼なじみでもあり、  俺のダイジな人だ。