彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第2章 『彼女の過去=彼の過去』3



右から2番目の鉢植えの下。

過去の記憶をたどって思い出した鍵の隠し場所は、いまも変わらなかった。
俺の住むアパートから徒歩5分。 ミユキの家は、ここらでは珍しい洋風の一軒家だ。 辺りが田んぼばかりのここらでは、けっこうめだつ。
鍵を手にして、裏口から家に入る。
ほんの少し、木の匂いがした。

「忘れてた。 そこに鍵あったこと。 よく覚えてたよね」
「俺も忘れてたよ」

ミユキの家はけっこう久しぶりだ。
だけど10年前と何も変わっていない。 木の匂い。 ひんやりとした床。 シンプルな内装。
すべてが同じすぎて、妙な錯覚を抱いてしまう。

「壁紙、変えたんだ」

ただ一つ違うことは、キッチンの壁が白から薄い桜色に変わっていることくらい。

「あのままだと血がめだちすぎるから……」
「この下、赤いわけ?」
「知らない」

吐き捨てるように言って、ミユキが奥に消える。 わかりやすいな。 さすがに剥がしてみようとは思わないけど。
そういえば、床は変えてないのか。 あんなに血を染み込ませていたのに。
きちんと拭き取ったのか?
自然と屈みこんで、床に触れてみる。 やっぱり冷たい。

ここに倒れたあの人たちも、冷たかった。

「なにしてるの」

背後から声をかけられる。

「なにもしてねえよ」
「床は変えてないから……あのときのままだよ。 綺麗にしたから、問題ないって叔母さんが」

おそらく服が入っているだろう紙袋を持ったまま、ミユキが立っていた。

「あ……っ、うん……?」

重なる。
見えてくるのは、小さいころのミユキ。
大人たちはなにか怒鳴ってて、ミユキは泣いていた。
ここで。 この場所で。 彼女は、失った。
俺も、失ってしまった。

「 千尋?」

あれ、名前で呼んでくれたの久しぶりだ。
ちょっと嬉しい。

「大丈夫。 俺は……大丈夫だから」
「近寄らないでよ」

再び警戒される。 俺のなにかが復旧したことに、気づかれたのか。
ひどく加虐心をくすぐられる表情。

「あんた、あの女に顔が似てるから大嫌い」
「男は女親に似るっていうしね」
「喋り方も性格も顔も似てる。 あの女そっくり」
「父さんは誰かさんの家に入り浸りだったから、母親がしつけてくれたんだ。 だからじゃない?」

ミユキの顔が、傷ついたという顔になる。

「なにそれ……わたしのおかあさんが悪いって?」
「そんなこと言ってねえじゃん」
「じゃあなによ。 嫌味?」
「ちがうよ」

昔からそうだった。
どこか不安定でそのくせ強がって嘘ばかりで周りに気を引きたいだけの、そんな彼女が、
欲しくて。

「ミユキの傷ついた顔が好きなだけ」