彼女が消えた理由。
作者/朝倉疾風

第4章 『傷に触れ、痛みに触れ、心に触れ』2
せっかくの土日をただの暇つぶしに使うのは、ナンセンスだと思う。
携帯のメールボックスには、何人かから遊びの誘いのメールが入っている。 俺のこの顔のせいか、10年前の被害者だと知っていても、近づいてくる人間が多い。
もちろん、嫌悪する奴もいるんだけど。
たとえばミユキとか。 あいつ、いま何してんだろうな。
「五鈴。 ずっと家に居るようだけど、お前はノリトを捜してんのか。 さっさと出て行ってほしいんだけど」
「唯一の肉親に何言ってんだよ。 可愛くねぇな」
「10年も家出してたんだ。 俺はお前を兄だと思ってない」
曳詰兄弟はともかく、五鈴はずっと家に居るようだ。
俺が学校に行っている間は分からないけれど。
「それもそうさね。 ……捜してるよ、ノリト。 俺だってあの兄弟が心配だし」
「心配……ねえ。 初対面でいきなり襲われたのに?」
「────見たんだよ」
テレビの音を小さくし、掠める程度の微音にした後、五鈴がこちらに向く。
「あいつらの……家庭の事情ってやつ?」
「俺ン所よりひどかったのか」
「そこは比べる所じゃねェよ。 人間それぞれの価値観は違うから」
だけど五鈴には、俺より彼らのほうが心配げに映るのだろう。
「曳詰兄弟は、異常だ」 「分かってるよ」
そんなこと。
異常なことくらい。
……異常?
じゃあ、俺とミユキの関係は何なんだろう。
幼なじみ?
あんな事があって、幼なじみって呼べるのか。 異常、じゃないのか。
俺と、彼女の、かんけいも。
「………………」
やめた。
10年前のことを考えるのは、いまはよそう。
「あいつらの父親に対する執着心と……依存心は、怖い」
「────同情、してるの?」
そうかもな。
五鈴はそう言って笑ったけど、同情だけで人は救えない。
そうだろ、ミユキ。
「曳詰兄弟を救いたいんだ」
「ああ、そう……」
ドンッという音がして。
いきなりリビングの戸が開いた。
「っ、は?」
入ってきたのは、ヤス。
なんで、玄関、鍵かけてなかったけど。
どうして、突然、こんな、おしかけてくるんだ。
ヤスは俺に目もくれず、真っ先に五鈴の髪を掴んだ。 五鈴も急な彼女の登場に驚いたのか、太刀打ちできず、無抵抗のまま床に転がる。
咳き込む五鈴の腹を2発蹴り、ヤスがボソボソと何か呟いた。
「────はッ? な……に、聞こえな……ッ」
「サイが消えた。 お前が隠したんじゃないのか」
「ッ、なんで俺が……ッ」
抵抗すると危険だと判断したのか、五鈴は息を整えるだけで何もしなかった。
ヤスは乱れた髪を整えもせず、視線を俺に移動させる。
「ねえ、サイが消えちゃったんだ。 きみ、知ってる?」
五鈴とは違い、口調が柔らかい。
「知らないな……。 昨日、学校にも着ていなかったんだ」
「どうして消えたと思う?」
曳詰サイが消えた理由……?
そんなの、俺が知るわけない。
「五鈴は何か知ってるのかな。 サイの居場所」
「知らん。 というか、どうやってここの場所が分かった」
「きみの弟を追ってた」
マジかよ。
全然気づかなかった。 行動力が半端ない。
「サイが居なくなって……動揺して、蹴っちゃった……。 ごめんね」
ヤスの口調がコロコロ変わる。
五鈴の腹を撫で、目つきも優しいものになる。
しかし、次の瞬間には柔和な表情は消え、焦燥感と混乱があらわになる。
「でも、ねえ。 どうしよう。 サイが居ないとわたしはわたしじゃなくなっちゃう。 わたし、サイが居ないとだめなんだ。 わたし、サイが好き。 サイが大好き。 サイが好きすぎて、わたし、だからここまで来たのに。 ねえ、なんでサイは居なくなったんだろ。 どうしよう」
ガタガタと。
肩を震わせ、ヤスが座り込む。 痙攣していた。
「おい、ヤス 「あっ、げぇっ、お、がはっ」
その痙攣がピークになり、ヤスが嘔吐する。 五鈴が一歩下がり、ヤスの背中をさする。
ゲロゲロと吐き続け、ようやく胃液の中がからになり、スッキリしたのか、ヤスが顔を上げる。
「わたし、サイを見つけてくる」
その顔には、先ほどの焦燥感など皆無で。
どこか不安定な形の笑顔を残して、立ち去ろうとする。

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