彼女が消えた理由。

作者/朝倉疾風



第1章 『誰かの不幸、他人事』6



「俺じゃないよ」

思っていたより乾いた声が出た。
舌で上唇を舐め、乾燥していた唇を湿らす。

「人を殺すことに慣れてないんだ」
「────あんたは昔からそう。 自分を肯定しているのか、否定しているのかわからない言葉を使う」
「いまのは肯定」

あ、そう。
興味無さそうにミユキが答える。 表情は相変わらず、不快感を伴っていた。
そっと手を伸ばして、ミユキの頬を撫でてみる。 ぞっとするほど、冷たかった。

「触らないで」 「クーラー効いててよかった」 「触らないで」 「おばさん、よく俺の所にミユキ預けようと思ったよな」

何をするかわからないのに。
ミユキの叔母も本当にわからない人だ。
普通は一人暮らしの男子高生に娘を預けようとすら思わないのに。

「俺のこと認めてくれてるってことかな」
「叔母さんはあんたも被害者だって言ってた。 可哀想だって言ってた」
「────なあるほど」

可哀想ねえ。
あの人の考えそうなことだ。 本当に。
笑いすぎて、涙が出てくる。

「言っとくけど俺、可哀想なんかじゃねえよ。 だっていま幸せだし。 終わりが良ければけっきょくなんでもアリなんだよ。 だってそうだろ? 末長はお前と付き合っていて幸せだったんだろうけど、最期が花瓶で頭かち割られてんだぜ。 無様だよなあ、ご愁傷さまだ。 だけど俺は生きてる。 生きてて、いまここにミユキといる。 それだけで幸せなんだよ俺は。 だからさあ、あのさあ、可哀想とかさあ、そんなん誰が決めてんだよ。 客観的になにを見てんだよ。 なあ、なあ、なあ!」

ミユキを押し倒し、気づけば、その首に両手を添えていた。
体が震えていて、どうしようもなく、どうしようもない。
ミユキが、どこか怯えているような、だけど、不思議そうな眼で俺を見ている。

「────時間、止まったまま」

なにが?

「あの日からわたしたち、時間が止まってるんだよ。 だから、こんななんだよ」

あの日から。
いまからちょうど10年前から。

「                ぉかぁさん」

溢れ出た感情と記憶が、涙となって流れ出す。
いっそ忘れてしまえたほうが、どれだけ楽かわからないのに。
赤子のように泣きじゃくるミユキを、そっと抱きしめる。 これは、きっと何かの罰だ。 僕らは、なにもしていないのに。

「危うすぎるよ、ミユキ」

いまにも壊れてしまいそうなほど、俺らの心は、不安定だ。