彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



最後の彼らのお話 『彼女が泣いた理由』



「おかあさん」

そっと、呼んでみる。

決して会えない、喋れない、触れることのできない人間を。

できれば、殺してやりたいほど憎んでいる人間を。

自分を復讐の道具として産んだ人間を。

「おかあさん」

自分がいま、演じている人間を。

彼女には選択肢が残されていなかった。

消えるしか、なかった。

「おかあさん」

彼が、求めたのは彼女であって、「わたし」ではないのだから。

自分を消し、彼女として生きてきた。

いままでも、これからも。

「ヒロカ」

ああ、ほら。

彼が呼んでいる。 「わたし」のことを。



「どうしたの、チヒロ」



心が泣いているのを隠して、彼女は仮面を被る。

いつ剥がれるかもしれない仮面を。