彼女が消えた理由。
作者 / 朝倉疾風

番外編 『きみが触れるかげ』4
女っていうのは下手な挑発に乗りやすいらしい。
黒板にミユキへの嫌がらせの言葉が書かれた日の翌日、今度はミユキの教科書が数冊なくなっていた。
掃除ロッカーにあるポリバケツの中に教科書が入っていた。
「これ……ミユキのだ」
「え? ……うわ、ひっでぇ事するよな」
吉川がげんなりした顔で、大声で笑っている宮脇を遠目に見る。
中を見ると、落書きやそういったものは書かれていない。
ミユキはひとりで席に座って、ぼんやりしている。
「返しにいこうか……」
「やめとけよ。 宮脇を刺激するだけだぞ」
ふむ。 それもそうか。 じゃあ俺が宮脇を脅せば、アイツも大人しくなるのかな。
どうやって脅そうか。
宮脇は虫が嫌いだったから、運動靴に虫を入れてやろうか。 ああでもそれじゃあ宮脇と同じか。
「後で机の中に入れとけば?」 「ああ、じゃあそうしようか」
「はいはい皆注目してー」
どこか気だるそうな声がして、それが園松ミユキの声だと気づくのに数秒かかった。
ミユキの声が教室内に聞こえたらしく、突然のことに皆がミユキを見ている。
「わたし、いまから自殺する」
目が点になった。 本当に、驚いた。
何を言い出すんだコイツは。 いままでもミユキの行動は少し普通からかけ離れていたけど。
気を引いてもらいたいために、自分の過去をでっち上げたり、同情してもらうためにわざとに過呼吸を起こしたり。
「いまから、このコンパスの針で手首切って、死ぬ」
さすがにこれはフォローの仕様がない。
吉川も若干引いている。
ミユキの右手にはコンパス。 その針を、左手の手首にあてる。
「ミユ 「わたし、本気だから」
どうして、そこで俺を見る。
ミユキとしっかり目が合って、逸らそうにも逸らせない。
「本気だよ」 「じゃあやってみればいいじゃん」
横から宮脇が揶揄する。 机の上に座ってあぐらをかいている宮脇は、軽蔑した目でミユキを睨んでいた。
「どうせできやしないんでしょ」
「……わたし、アンタのこと大嫌い」
その、一瞬。
その言葉の、一瞬後に。
血が、血が、血が、噴き出す。
「 」
悲鳴。 血が、近くにいた男子生徒に降りかかる。
床に流れる血。
あ、あの時の。 俺のおかあさんといっしょだ。
「音が……聞こえるんだ……」
吉川が廊下に出て行く。 先生を呼びに行ったのかな。
「ずっと昔から……聞こえてる……おトガ……ッ」
でも、ミユキは倒れてる。 宮脇は叫んでる。
どうしよう。 ねえ、どうしよう。
音が、やまない。
ミユキが死ぬ理由がわからない。
「ミユキ」
呼んでも動かないその体が、ひどく恐ろしい。
「ミユキちゃん」
昔のように呼んでも、彼女は動かなかった。

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