彼女が消えた理由。

作者 / 朝倉疾風



番外編 『きみが触れるかげ』3






夢を見る。 8年も昔の夢を。
あの夜。 ヒロカが死んだ理由。 簡単だ。 浮気したから。
それだけの理由で殺された。
俺がミユキに固執するのも、彼女がヒロカに似ているからだ。
それだけ。
それだけの、こと。


「陽忍く~ん。 目がイッちゃってますけど」

モノローグに浸っていたら、吉川を無視していたらしい。
丸い目が俺を見る。 コイツ、女だったらそれなりに可愛いかも知んねえのに。 男だからか、小型犬に見える。 


「悪ぃ。 ぼんやりしてた」
「頼むよマジで。 なんかお前がぼんやりしてると俺がしっかりしないとだめだからやだ」
「どんだけ自分はのほほんとしてるんだよ」

そんな会話をしながら、教室に行く。
朝の学校は人の流れが多くて、酔いそうになる。 朝練で外のコートでバスケ部が声を張り上げている。 ウォーミングアップであんなに声を出さなくてもいいと思うんだけど。

「総体近いからなー。 まあ、帰宅部の俺らは関係無ェけど」

渡り廊下を通って、右側。 一番奥の教室。
こんな田舎町のくせして、生徒数と教室数が多いのが驚きだ。 2年だけで5クラスもある。

いつもどおりざわついている教室に入ると、いくつもの目がこちらを見た。
そして、しんっとなる。 静まり返る。 静寂が、生まれる。

「…………あ」

黒板。
黒板に、白、緑、赤、黄、青、いーっぱいの色で書かれた、悪口の数々。
糞女だの、バカだの、8年前の被害者だの。

名前は書いていないが、明らかにミユキに対しての嫌がらせだと分かった。

「……んだよ、コレ」

後ろで吉川の声が聞こえた。
8年前の事件と書かれているから、一瞬俺に対してだと思ったが、その横に糞女、ヤ×マンと書かれているから、おそらくミユキに対してだ。

「今日の日直さぁ、ミユキだったよなぁ?」

鎮まる教室で声をあげたのは、昨日、ミユキに担任の悪口を言っていた女子だった。
なんだっけ……名前……

「ミユキ、さっさと黒板消さんかったら、先生来るべ?」

えっと……ああ、思い出した。 宮脇だ。
年の離れた兄が居るせいか、どこか男みたいな性格をしている。
宮脇に煽られても、表情ひとつ変えずに、ミユキは自分の席に座っている。
くだらないな、とか考えてるんじゃないだろうか。

「聞いてる? 聞こえてる? 無視? 無視ってか。 そうくるか」

少しヤンキーっぽい見た目から、あまり大人しい奴は宮脇に近寄らない。

「ねえ、ここで言っていいかなぁ。 てかもう言うんだけどね。 アンタさあ、陽忍と付き合ってんの?」

クラスメイト全員が、俺とミユキに視線をやる。

「昨日、ふたりが一緒に帰ったって所を見た奴が居るんだけど。 アンタ、私のツレが陽忍のこと好きっていうの知ってて、一緒に帰ったの?」
「どうでもいいじゃん、宮脇サン」

面倒だ。 本当に女子って面倒だ。 ここはテキトーにあしらっとくか。

「俺と園松サンが付き合ってる……ねぇ。 面白いな。 誰が考えたジョークだよ」
「ジョ、ジョークっていうか……。 前から噂あったっつーの」
「ふうん。 まあ、面白ついでに、これもいいジョークだと思うんだけど」

コツンッと黒板を叩く。

「誰? こんな面白くもなんとも無ェジョークを飛ばしたの」

宮脇の顔が赤くなる。 俺を睨んで、いまにも噛みついてきそうだ。

「消しなよ、宮脇サン。 教室中がしらけちゃったじゃん」
「陽忍……ッ」
「次はもう少しマシな、面白いジョーク考えてこいよ」

ミユキに集る蝿なんて、俺はキョーミないな。